第2話 勝者と敗者

あらすじ(読み飛ばしOK)

ゲームの中で戦っていたレアル。その向かい側、一人の少女が銃口を向けていた。

レアルは理解する。

「これが死か」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここからが本文




「ハア――」あの生々しい死の光景が、

「ハア――」未だレアルの脳裏に深く残る。

「ハア――」息が乱れている。

「ハア――」あの胸の痛み。

「ハア――」暗闇。


 次第に視界が晴れる。いつもどおりの寝室。共感覚ヘルメットの仮想モニターに色が映る。


「はあ――」ベッドの白いシーツ。

「はあ……」壁の窓から見える海中。


 イワシの群れが泳いでいる。そのすぐ置くにはクジラが見える。

 まるで腹の底に泥水がたまったかのような不快感がして、レアルは洗面台に駆けた。ヘルメットはベッドに脱ぎ捨てた。


 レアルは洗面台のボウルの中を覗き込むと、腹に溜まった泥水を吐いた。それから顔を上げる。鏡には自分自身の顔が映っていた。髪はブロンド。青い目をしている。まるで作り物のような顔だった。昔からレアルは自分の顔が好きではなかった。


 あまりにも造詣が整いすぎていると、妙な疎外感を覚えるからだ。


「顔色が少し悪い。怪我もない。俺は生きてる」


 ゲームの実力のみが人の優劣を決める。そんな世界にあって、今まで無敗のレアルは最強の存在と言えた。それも今日で終わりになるわけだが。


 さきほどまでレアルがいたあの世界はゲームだった。仮想の世界だ。いくら感覚が仮想世界と共有されていても、本当に意味での死を体験することはない。しかし、この時代にあってその『死』は重要な意味合いを持つ。


 人間が今まで持っていた全ての労働、技能、知識をAIが上回ったことによって、世界は楽園と化した。全ての人々が満足のいく生活を送ることができるようになった。しかし人類という種が生まれて、約二十万年。長く生存競争に晒された生存本能は、平和な世界にあってもなお、闘争を求めた。


 ――その先に、仮想世界。ゲームがあった。


 耳元のインカムから音声が流れる。さきほどのゲームの大会の実況だ。世界最大の大会だった。


「これまで本大会で三度の優勝、戦歴は無敗を誇ったレアル選手。その初めての敗戦。最強の王者に見事勝利したのはアリア・フォルスター選手!」


 十五歳という若さで本戦に出場したレアルは、その大会を優勝という鮮烈なデビューで飾った。それからは負けなし。――仮想世界での『死』すらも経験したことはなかった。


「死ねば、何か分かると思っていた。けど。いや……死ぬだなんて、あまりにも非現実的か」


 全てをAIが管理している。それは食事、睡眠、運動、人間の生活と健康にかかわるもの全てだ。故に人間の死因は老衰以外にありえない。ましてや銃撃戦で死ぬのだなんて、この時代にあっては万が一にもない。

 レアルは鏡と対になって、息を整える。しかし息が整っても分からない。


「負けた理由すらも、分からない。何も……」


 それは突然にレアルの視界に飛び込んできた。レアルの視界――仮想モニターの中央に表示されたポップアップだった。


〈ミッション:部屋を出て正面の扉を開けろ、探しものが見つかる〉


 直後、警告文。

〈部屋が移動します。移動が終了するまでお待ちください〉


 体感が崩れる。レアルの身体の軸が傾く。レアルはバランスを取ろうと、洗面台の縁を両手で掴んだ。


 ――部屋の移動システムが本人の許可なしに作動するなんて聞いたことがない。


 部屋の移動はすぐに終わった。

〈部屋の移動が終わりました〉というポップアップが仮想モニターに映る。


 どうして突然に部屋が移動したのか?――レアルはさきほどの『ミッション』について思い出す。〈部屋を出て正面の扉を開けろ、探しものが見つかる〉と書かれていた。この状況でこの文言……行けということだろう。


 度々レアルはこの〈ミッション〉というメッセージを受け取っていた。その全てがレアルに向けた何かしらの指示であった。今回もそうだ。しかし違うのは規模だ。さすがにレアルも部屋を移動させられるような〈ミッション〉は受け取ったことがない。


 レアルは革のコートを羽織ると、玄関に立ち、指先で扉の操作パネルに触れた。すると扉がスライドする。外は通路になっていた。一面がガラス張りで、広い森の中にいるようだった。大木の根本には苔がむしている。木々はどれも高く、太陽の光を塞いでいた。


 レアルは自身の部屋の反対に扉があることを確認する。おそらく〈ミッション〉の扉とはこの扉のことだろう。だが他人の部屋だ。勝手に開けていいものか、そもそも開くのか。


 その扉の前で、レアルは立ち往生していた。


 ――いや、今までも〈ミッション〉に従ってきた。今回も同じだ。

 そう決めると、レアルは扉の操作パネルに指を伸ばした。パネルに指先が触れると同時、レアルの緊張は最高峰に達した。


「開いた!?」

 扉はスライドした。


「だれ?」


 そんな声が扉の向こうから聞こえてくる。様々な言い訳がレアルの頭をよぎる。

 挙句、「なんで扉を閉めていない?」そんな言葉が口から出てきた。


「閉める理由が見つからないから。オートロックも外してる」


 そんな会話をしていると、ついに声の正体が現れた。


 顔だけ見て、なんて美少年なんだとレアルは思った。白のショートヘア。髪は綿毛のように柔らかい。新緑の瞳は前髪で隠れている。その風貌は、この森の中にある居住区にぴったりと合っていた。身体は細く、肌は白い。そして少女だった――どうしてそれが分かったのかと言えば、彼女が下着姿だったからだ。


 ――どうしてこんな格好ができるヤツが扉のロックをしていないのか。

 扉を閉める理由が見つからないだって?


 レアルは目を背けて言った。


「それなら良かった。いまその理由が見つかった」

「確かに、あなたみたいな人がいるかもしれない。この姿が気になるのなら、どこか違うところでも向いてて」


 レアルは言われなくとも、すでにそうしていた。


「ところで、最初の質問に戻るけど……だれ?」少女の鋭い眼光がレアルを刺す。

「……俺は」レアルが答えようとした時。それを遮って、少女が口を開いた。

「さっき戦ったプレイヤー? 名前は確か…………レアルだった気がする」

「てことは、あなたがアリア・フォルスター?」

「そう、それはわたしのこと」

「でも。どうして俺がレアルだって分かった?」

「なんとなく。ええ……勘。そういう時ってあるでしょ」

「いや……」


 と言いかけたレアルの仮想モニターに〈ミッション:アリアと共に、三階にあるサーバールームに来い〉というポップアップが表示される。その末尾には〈わたしはそこで待っている〉とあった。


 ――このメッセージを送ってきている者の正体がついに分かるのか。レアルの心臓が高鳴る。

 しかし問題はどうやってこのことをアリアに伝えるか――


「ねえ、この後って暇? 一緒にディナーでもどう」


 そんなアリアからの誘いは、レアルにとってまたとない機会だった。

 ――ディナーの最中に切り出せばいいのだ。そちらのほうが承諾してくれる可能性も幾分か高いに違いない。

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