第十一話
二人でベッドに入ると、神藤さんがリモコンに手を伸ばし、照明を落とした。
ふっと部屋が闇に沈む。
残されたのは、窓から流れ込む月の光だけ。
薄いカーテン越しに滲む銀色の光が、家具の輪郭を淡く浮かび上がらせている。
静けさの中に、息づかいと鼓動だけがある。
まるで世界のすべてが、この狭い空間に閉じこめられたみたいだった。
胸がざわざわと落ち着かない。
“寝るだけ”――そう、ただ同じベッドで眠るだけ。
何度もそう繰り返すのに、胸の奥のざわめきは消えない。
ドクン、ドクンと心臓の音が耳の奥に響く。
その音が、神藤さんに聞こえている気がして、余計に息が詰まる。
シーツが擦れる音、彼の呼吸。
そのどれもが、自分の感情を煽る。
ただ隣にいるだけなのに、距離が近い――近すぎる。
“落ち着け。これはただの親切心だ。”
心の中で何度も唱える。
それでも、胸の奥の熱は冷めなかった。
思いきって横を向く。
その瞬間、息が止まる。
神藤さんが、僕を見ていた。
闇に慣れた目にもはっきりわかる。
彼のまっすぐな視線が、静かにこちらを射抜いていた。
眠っていると思っていたのに。
目が合った瞬間、全身が凍りつく。
――どうして、見てるの。
胸の奥がじわりと熱くなり、視線を逸らせなくなった。
空気が重く、肌をなぞるように流れていく。
そのとき、ぽん、ぽん――。
布を叩く小さな音が耳に届いた。
「……え?」
反射的に声が漏れる。
彼はほんのり笑い、低く、穏やかに言った。
「こっちにおいで」
一瞬で頭が真っ白になる。
言葉の意味は理解しているのに、心が追いつかない。
息が浅くなり、胸の奥で何かがはねた。
「今日は怖い目に遭わせてごめんね。まだ落ち着かないでしょ?」
やさしい声。
まるで逃げ道を与えるような言葉。
――ずるい。
そう思うのに、その声の温度に抗えなかった。
心の中の理性が、ひとつずつ外れていく。
気づけば、ゆっくりと身体が動いていた。
手探りでシーツをたぐり寄せ、彼の方へ。
神藤さんは静かに腕を差し出した。
その腕の中に導かれるように、頭が自然と収まる。
やさしい手が、そっと僕の髪をなでる。
――あたたかい。
それだけで胸の奥がぐらぐらと揺れた。
心臓はまだ早鐘を打っているのに、不思議と安心する。
この腕の中は、怖くない。
怖くないのに、どうしてこんなにも苦しいんだろう。
息をするたび、彼の香りが肺の奥に入り込む。
もう二度と、このぬくもりを知らなかった頃には戻れない――
そんな確信が、暗闇の中で静かに芽を落とした。
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