第十話

涙が止まるころには、夜はすっかり更けていた。


神藤さんはいつのまにか席へ戻り、黙ってパソコンの画面を閉じた。

キーの音も、時計の針の音もない。

ただ、二人の呼吸だけが部屋を満たしている。


そんな静けさの中で、ふと現実が戻ってくる。

――護衛、という言葉が頭をよぎった。

彼は本当に、片時も僕から離れないつもりなのだろうか。



「……神藤さん」



呼びかけると、彼は顔を上げた。



「ん?」


「神藤さんは、僕から片時も離れられないって言うけど……夜はどこで寝るんですか?」



自分でも、なぜそんなことを聞いたのかよくわからなかった。

けれど、沈黙が落ち着かなかった。

何かを話していないと、心が空をさまよってしまいそうだった。


神藤さんは、迷いもなく机と椅子を指さした。



「ここだね」


「えっ……」



拍子抜けするほど即答だった。

まるで、それが当然のことのように。



「夜こそ危険だから。きみのそばを離れられない。同じ部屋で寝るのは道理でしょ?」


「でも、そんな場所じゃ疲れがとれませんよ」



僕が口を尖らせると、神藤さんは肩をすくめて笑った。



「慣れてるから大丈夫」



その笑みは柔らかくて、いつもの調子だった。

だからこそ、胸の奥が少しだけざわつく。


本当に“慣れている”のだろうか。

それとも僕に気を遣って、強がっているだけなのか。


どちらにしても――そんなふうに自分を削ることが、彼にとって“当たり前”であることが、なんだか痛かった。


どうしてだろう。

彼が疲れるのを嫌だと思うなんて、僕はいつからそんなふうに考えるようになったんだろう。


胸の奥がじりじりと熱を帯び、気づけば言葉がこぼれていた。



「……一緒に寝ましょう。このベッドは広いし、二人くらい全然余裕ありますから」



言った瞬間、心臓が跳ね上がる。

親切のつもりだった――そう思おうとしたけれど、胸の奥では別の感情が蠢いている。

“この人と同じベッドで”という言葉の響きが、頭の中でやけに鮮明にこだました。



「じゃあ、お言葉に甘えて」



神藤さんは、ほんの一瞬の間も置かずにそう言った。



「えっ……」



声が裏返る。

まさかこんなにあっさり受け入れられるとは思っていなかった。


――拒まれなかった。


その事実が胸の奥で波のように広がっていく。

嬉しいのか、不安なのか、自分でもわからない。


彼のベッドサイドに立つ姿は整然としていて、色気など一切ない。

けれど、僕の目には、その所作ひとつひとつが妙に丁寧で、目が離せなかった。


布団の端が持ち上がる。

それだけの音で、心臓が跳ねる。


ただ隣に横になるだけ。

それだけのことなのに――息が詰まりそうだった。

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