第十二話
腕枕をされながら、気づけば顔が神藤さんの鎖骨のあたりに触れていた。
薄い肌越しに、骨の硬さと体温のやわらかさが伝わる。
それだけのことなのに、胸がぎゅっと縮まった。
香水の匂い――柑橘と煙草が混ざった、神藤さんの香り。
その匂いを吸い込むたび、喉の奥が熱を持つ。
鼓動が速すぎて、息を潜めた。
きっとこの音、彼に聞こえてしまっている。
そう思った瞬間、心臓がさらに跳ねた。
彼の手が僕の髪を、ゆっくり撫でる。
やさしい。
でもその指の温度が、どうしようもなく男の人の手だった。
胸が、疼く。
思わず脚をもじ、と動かす。
シーツが擦れる小さな音がやけに響いて、恥ずかしくなる。
――僕は男なのに。
神藤さんに、こんなふうにドキドキしている。
吊り橋効果だ、と自分に言い訳してみる。
命の危険を感じた直後だから、錯覚してるだけ。
そう思おうとしても、頬の熱が引いてくれない。
そのとき。
「……雪斗くん」
耳のすぐ近くで名前を呼ばれて、びくっと体が跳ねた。
低い声。
胸の奥をくすぐるような、男の声。
「へっ!?」
驚いて顔を上げると、至近距離で目が合った。
月明かりが神藤さんの睫毛を照らして、綺麗だった。
その美しさに、思わず息を止める。
何か言いたいのに、喉が動かない。
頬が焼ける。
自分の顔が赤くなっていくのが、わかる。
「し、神藤さんって……」
「ん?」
「神藤さんって……他の人にも、こういうことするんですか?」
言った瞬間、心臓が悲鳴を上げた。
どうしてこんなこと、聞いてるんだろう。
でも、知りたかった。
他の誰かにも、こうやって腕を貸して。
髪を撫でて、名前を呼んで。
同じ香りに包まれていたのかと思うと――胸が苦しい。
「うーん……なんとも」
「なんともって」
「あっちからしてって言われることが多い」
「……こういうこと?」
「そうだなあ……こういうこと、っていうか……」
神藤さんが目を伏せる。
その喉仏が、ゆっくり上下するのを見て、息を飲んだ。
「心も身体も、優しくしてほしいって」
その一言が、体の芯まで突き刺さった。
意味を理解した瞬間、身体が熱に包まれる。
――優しくする。
つまり、そういうこと。
想像してしまった。
神藤さんの手が、誰かの身体をなぞる光景。
彼の声。
彼の熱。
嫌なのに、頭から離れない。
心臓が痛いほど打っている。
「あの……神藤さん」
「うん?」
「……してって言われたら、誰にでもするんですか?」
「まあ……するかな」
「それって仕事の一部なんですか?」
「まさか。俺は、そうしたいからするだけ」
「……なんでするの?」
神藤さんは、少し困ったように笑った。
それなのに、その笑みはやっぱり綺麗で、目を逸らせなかった。
「――それで、救いになるなら、いいかなって」
救い。
その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。
「……救われるんですか、そうやって……抱かれて」
「知らない」
即答だった。
でもその“知らない”には、諦めに似た静けさがあった。
彼はきっと、誰かの心を救おうとして、何度も傷ついてきた人なんだ。
そう思った瞬間、胸が締めつけられた。
「……神藤さん」
息を吸って、吐く。
「僕も……僕、も……神藤さんに、す、救われたいです」
Abnormal -アブノーマル- @ciruela04
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