第三話
僕には友達がいない。
――いや、作りたくなかった。
寄ってくる人たちは、みんな“円城寺家”の名に惹かれてくる。
僕じゃなく、僕の後ろにある金や権力を見ている。
そんな目を向けられるたび、胸の奥が冷たくなる。
だから、いつしか人と距離を置くようになった。
誰とも深く関わらず、笑顔だけでやり過ごすのが癖になった。
だから――いまこうして、歳の近い男と並んで話すことが、どうにも落ち着かない。
沈黙が怖くて、つい神藤さんにいろいろ尋ねてしまった。
けれど彼は、自分のことをほとんど語らない。
教えてくれたのは、裁判官養成学校の出身だということと、先輩の「ヤリミズさん」がやたら面倒くさいらしいという、どうでもいい話くらいだった。
「裁判官って……魔女と戦うんですよね。神藤さんも、戦ったことあるんですか?」
「うん。何度もあるよ」
「魔女って、魔術を使うんでしょう? そんなのと戦って、怖くないんですか?」
「死にかけたこともあるかな。重傷も何度か。でも――今はこうして生きてる」
淡々と、けれど微笑を添えて言うその声に、
血と煙の匂いがほんのり滲んだ気がした。
「へぇ……想像できないな」
そう言いながら、僕は視線を逸らす。
彼のような人間は、僕の世界の外側にいる。
僕とは、正反対の場所に立っている。
「神藤さんは、どうして裁判官になったんですか?」
「……。……みんなを、魔女から護るためだよ」
その言葉はあまりにも真っ直ぐで、眩しかった。
だから僕は、笑ってしまった。
「……そんな崇高な人間にはなれないよ、僕は」
口にした瞬間、自分でも驚くほど声が乾いていた。
神藤さんは小さく瞬きをして、少し目を見開く。
その無垢な反応が、なぜか胸を刺した。
「どうしてそう思うの?」
静かな声。
鼻先をくすぐる柑橘系の香り。
その奥に、微かに煙草のような苦み。
甘さと渋さのあいだに揺れるその香りは、まるで彼自身だった。
「……言われるままに生きてきただけだよ。勉強して、いい大学に入って、父の跡を継ぐ。考えなくても“いい人生”が勝手に用意されてた。考える必要なんて、最初からなかった」
自分でも気づかないうちに、声が震えていた。
誰かにこんな話をするのは初めてで、ひどく息苦しかった。
神藤さんは黙って聞いていた。
同情も否定もせず、ただ、僕を見ていた。
その青みがかった瞳に映る自分が、ひどくちっぽけで――情けなかった。
「それを、嫌だと思ったことは?」
優しい問いが、胸の奥を掬い上げる。
逃げ道を与えないほどに、穏やかな声。
僕はしばらく沈黙して、ようやく口を開いた。
「それもわからない。……生きてても、死んでても同じなんだ、僕は」
笑ったつもりだったけど、声は震えていた。
神藤さんは静かに目を細めた。
怒ってもいない、哀れんでもいない。
ただ、確かな温度で僕を見ていた。
「じゃあ、もし魔女に襲われてもいいの?」
「べつに、いいんじゃない?」
本気でそう思っていた。
それでも彼は、ふっと微笑む。
その笑顔は、日差しのように優しくて――なのに、胸の奥がざらついた。
「ごめんね。でも、護らないと」
彼の香りがまたふわりと揺れる。
シトラスの清涼と、煙草の苦み。
その境目にいるような人だ。
……人たらしだ。
鼻につくくせに、視線を外せない。
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