幕間 雷鳴の向こう側
雷が鳴った瞬間、ロキは足を止めた。
ミズガルドの空は曇っている。だが、それは嵐の前触れではない。
怒りの音だった。
トールが動いた。
それだけで十分だった。
「……馬鹿が」
誰に向けた言葉かわからないまま、ロキは吐き捨てる。
人間たちはまだ集まっている。豊穣の女神の姿をしたロキに向かって、祈りと罵声を同時に投げつけてくる。
「実りを返せ!」
「祝福をよこせ!」
ロキは微笑む。
完璧な女神の微笑みで。
その裏で、胸の奥がざわついていた。
――近い。
アルが、神々の円環に踏み込み始めている。
フェンリル。
トール。
次は、誰だ。
「……早すぎる」
本来なら、あの子はもっと遠くへ行くはずだった。
誰にも気づかれず、名もなく、ただ生き延びるだけでよかった。
それなのに。
ロキは空を仰ぐ。
雷鳴はもう遠ざかっていた。
「選ばせるな」
小さく呟く。
選ばせれば、あれは必ず――与える。
ロキはそれを知っている。
誰よりも。
自分が、そうさせたからだ。
フレイヤの姿を保つための魔力が、わずかに軋む。
仮面の下で、歯を食いしばる。
「……戻れ、アル」
命令ではなかった。
祈りでもなかった。
ただの、願いだった。
人間たちの中に、石を握った男がいた。
目が合う。
一瞬の沈黙の後、石が投げられた。
ロキは避けなかった。
額に当たり、血が流れる。
それでも、フレイヤの顔は微笑んでいる。
「まだだ」
ロキは人間たちを見渡す。
「終わりは、まだ先だ」
その言葉が、世界に向けた宣告なのか、
それとも自分自身への言い訳なのか――
ロキにも、もう区別がつかなかった。
遠くで、雷鳴の余韻が消える。
代わりに、胸の奥で別の音が鳴り始めていた。
何かが、壊れ始めている音だ。
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