1-8
「どーよ!可愛いでしょ!」
髪をいじられ始めてから、わずか五分で開放された私は、鏡を前にしてポカンと口を開けていた。
首元が涼しくなったかと思えば、自分の髪が長いピンクのリボンで、高い位置に一本に縛られているのが見える。
正面にあった鏡を長いこと見つめていると、後ろから笑い声が聞こえた。
「アータ、悪魔の子でしょ。本当にキョウカそっくりだわ。」
「…なんで、わかったんですか?」
「勘よ、勘。
懐かしいなぁ〜。キョウカってアータと似てたけど、性格は全然違ったんだよね。元気でやかましい明るい子。…ま、十八年ぐらい前に死んじゃったけど。」
メイは、のんびりとした声で話しながら私の隣に丸いイスを持ってくると、そこに雑に座り、足を組む。
「名前は?」
「えっと、ユキ…です。」
「フルネーム。」
苗字なんて知る必要があるんだろうか、と疑問を抱きながらも、言われた通り菜の河ユキとフルネームで名乗る。
すると、笑顔を浮かべたメイはよく分からないことを言い出した。
「ユキね。ユキは苗字捨てんの?」
「…はい?」
当たり前のように聞かれたことに、私は驚いて思わず語尾が上がってしまう。
どういう事なのか問いかけると、メイは何度か瞬きしたあとに目と口を大きく開けた。
「あそっか、普通は苗字捨てたりしないもんね!?ごめんごめん!」
慌てたように謝ったメイは、「え〜っとね」と、頭を人差し指で叩きながら、簡単に苗字を捨てることを教えてくれた。
「この村に入ってきた人は絶対この二択を迫られるんよ。苗字を残すか、捨てるか。
この村にいる人では、家族と揉めたり色々あった人が多くてね。それで、今の苗字を名乗りたくないって捨てる人も結構多いんよ。
んで、名前を名乗る時に、苗字を捨ててない人はフルネーム。苗字を捨てた人は名前だけを言うように決まったんだ〜。
ま、この村の暗黙の了解みたいなもんだね。」
なるほど、と納得の声を出すと、私はキョウカの方をチラリと見る。
確か、始めて出会った時、キョウカも苗字を名乗っていなかった。
しかし、キョウカは私の目線に気がつくと、首を横に振る。
「俺は別に苗字を捨ててはないぞ。元から知らないだけだ。」
それはそれで不思議な気がするが、今はメイもいるので詳しく聞くことはできなさそうだ。
『そうだ、まだ名前を名乗ってなかったな。ホープだ。よろしくな、ユキ。』
ふと、数十分前に聞いたホープの言葉を思い出した。
そういえば、ホープも苗字を名乗ってなかった。
何か事情があったようにも感じなかったが、過去に家族と揉め事でもあったのだろうか。
「さて、と。足を止めちゃってごめんねぇ。もう満足したから行っていいよ〜。』
軽く手を振られながらそう言われ、私はハッと我に返ると、椅子から立って慌ててお辞儀をした。
「ありがとうございました」と礼を述べれば、メイは嬉しそうな表情を浮かべる。
「可愛くなりたい時はウチに来なよ!ユキみたいに可愛い子は大歓迎だから!」
お世辞を言いながら何度も強く背中を叩くメイに、思わず苦笑が溢れ出てくる。
手を大きく振るメイに対し、小さく手を振り返すと、私は可愛らしい建物を後にした。
「…ここは、優しいんですね。」
建物から出ると、ポツリとそんな言葉が漏れ出た。
それ聞いたキョウカは、自分が褒められたかのように嬉しそうな顔をすると、「だろ?」と自慢気に返してくる。
「それにしても、本当にみんな変わらないなぁ。」
腕を組んだキョウカは、寂しそうな、でも優しい表情を浮かべる。
そんな彼女を見た私は、思わずキョウカの頬に手を伸ばした。
次の瞬間、眩しい光が視界を覆った。
「ユキ!?」
キョウカの驚く声が聞こえるも、その姿は光のせいで見えない。
何が起こったのかわからなかった。
光源を探そうとするが、あまりにも眩しいので、どこからこの光が放たれてるのか追うこともできない。
二人で騒いでいると、やがて少しずつ光が弱まっていき、そこでようやく光源の場所がわかる。
どうやら、私の左胸から出ていたらしい。
完全に光が収まると、キョウカの姿も見えてきた。
だが、その姿には違和感を感じる。
「……透けて、ない?」
ようやく出てきた言葉は、ずっと心がけていた敬語すら忘れていた。
キョウカも自分に異変があったのがわかったらしく、自分の両手をクルクルと表裏を何度も行き来したり、太陽にかざしたり、私にかざしたり…と、様々な動作をしていた。
地面を見ると、今までなかったキョウカの影があり、キョウカ自身にも影が落ちている。
「…これ、どうなってるんだ?」
「さ、さぁ…?」
キョウカの問いかけには、曖昧な返事しか返すことが出来なかった。
光を放っていた私にも、ハッキリとした原因はわからない。
ただ、一つ可能性があるとしたら。
そっと喉を指でなぞると、あの時の呑み込む感覚がまたやって来る。
「……希望…。」
私の中にある、お母様の魂。
「もしかしたら、ですけど…。希望の魂が反応したのかもしれません。」
「希望の魂?…いや、でも悪魔の子はみんな、呪いのタマシイじゃ…」
キョウカはそこで言葉を詰まらせて、納得したように「あぁ」と声を零した。
「食べたのか。」
私は透けてないキョウカの瞳を見つめ、静かに頷いた。
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ぼくだけのものがたり れなち @bokumono_rena
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