1-2

誰かの泣き声がする。

目は開けられない。

動くことも出来ない。

ただ、ただ、幼い子の泣き声を聞いてるだけ。


その声に、私は聞き覚えがあった。

二度と思い出したくない声。

……私の声だ。




重たい瞼を思いっきり開けると、白い天井が視界いっぱいに広がる。

体は暖かく、右腕だけが少し冷たかった。

右腕をチラリと見れば、高い所に吊るされた袋から手首にかけて、一本の管が伸びているのが見える。


ゆっくり体を起き上がらせると、眠る前のあの気持ち悪さは消えていて、かなり楽になっていた。


「キョウカ、さん…?」


この管は、キョウカがやってくれたのだろうか。なんて考えていると、ドアの方からノックが二回聞こえてくる。

彼女が来たんだと思い込んだ私は、その音に対して「はい」と短い返事をした。


「…お、目が覚めたのか。早かったな。」


男性の声だった。


男性がドアを開けて姿を現す前に、私は右手に力を入れる。

すると、私の緑色の瞳は真っ黒に染まり、手首から垂れてきた黒い液体が、型に流し込まれたようにナイフの形を作り出す。

ある程度形ができてからその黒いナイフの柄を握りしめると、それは固く形を留める。


ドアが完全に開き切ると同時に、私はその方向へ刃先を向ける。

ドアの向こう側には紫色の髪をした若い男性が立っていた。

彼は私の姿を見ると驚いたような表情を浮かべ、一歩、部屋に足を踏み込んだところで静止した。

私と同じぐらいの年頃なこともあり、更に警戒心を高めたが、彼女の声がすると


「ユキ、お前…。」


男性の一歩奥にいたキョウカの表情からは、初めて会った時の笑顔は消え失せ、鮮やかな赤い目をこれでもかというぐらいに見開いている。

彼女の手はゆっくりと動き、私の持つナイフを指差すと、か細い声を洩らした。


「…悪魔の子。」


その単語を聞いた私は、背中に冷たいものが流れたような、そんな感覚に陥る。

ここまできて、その名で呼ばれるとは誰が予想しただろうか。

段々と思考が回らなくなり、息の仕方も忘れてしまうほど、私の体は固まりきってしまう。


「俺と同じ、悪魔の子…。」


続けて発せられた言葉を聞くと、今度は一気に目が覚めたような感覚になる。

俯かせた顔をキョウカの方へやれば、その表情には喜びが溢れていた。


「や〜〜〜っば!え!子孫ってこと!?

 俺の子孫ってことなの!?やーーーばーーっ!!」


ピョンピョンと宙を飛び跳ねながら、嬉しそうな大声をあげるキョウカ。

何を言ってるのかわからず何度か瞬きをしていると、似た反応をしてる男性と目が合った。

彼は私と目が合うと、困ったように苦笑する。


「子孫ってどーいう事だよ。俺も、子孫…とかいわれてる奴も理解できてないみたいだが。」

「そのまんまの意味だって!!!!」


時間が経てば経つほど大きくなる声に、私は思わず耳を塞ぐ。

不快にはならないが、耳の奥によく響く声だ。

そんな私の仕草を見て、男性はキョウカの頭を軽く小突き、ため息をついた。


「ほら、こいつもお前がうるさいってよ。」

「んなことねぇし。なーユキ!」


急に同意を求められて、私は咄嗟に「はい」と答えてしまう。

本当はかなり大声が響くとは思ってるが、突然話を振られてしまったため、本音を出すことができなかった。

私の返事を聞いたキョウカはニンマリとした笑みを浮かべると、小突き返して男性に絡みだす。


「ほらうるさくないってよ。お前が過敏すぎるだけだ。」

「お前が強引すぎるだけだ。実際はうるさいって思われてんじゃねぇのか?」

「うるせぇ「はい」って言わせた俺の勝ちだ。」


何度も見てきた喧嘩の光景。

いつもなら窮屈に感じて逃げ出すのだが、この二人の喧嘩は、なんだか面白く感じてしまった。


それが顔に出ていたのか、二人は言い合いをやめて私の顔をジッと見つめてくる。

何か癪に障るようなことをしただろうか、と不安に思い、「どうしましたか?」と恐る恐る問いかけた。

すると、黙り込む男性を横目に、キョウカが首を傾げながら口を開く。


「推していい?」

「すみませんよく分からないです。」

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