5 ラボ

 咲希から、リジュベルミンの構造式や、その副作用、それを抑えて効果を上げるために同時に服用すべき薬などの説明を受け、彼女の言っていることの信憑性が高まる。いや、多分事実なのだろう。真実と受け止めない方が既に無理があると私は気づいていた。若返り薬は本当に完成して、その第一治験者の咲希が14年間飲み続けて、この効果を確認しているのだ。最初は荒唐無稽な作り話しだと思ったが、戸籍と言う偽りようのない証拠まで並べられると、もう信ずるしかない。


 さて、新薬を作るには器材の揃ったラボが必要だが、どうしたものか。咲希の話しだと個人的にこっそり作った方が良さそうなので、ナゾニク製薬や大学のを借りると言うわけにもいかない。レンタルラボというものはあることにはあるのだが、一月に下手をすれば30万円くらいは取られる。蓄えはあることにはあるが、私は年金生活者なのだ。


「うーん…」

「どうしたの?」

「ラボをどうしたものかと…」

「必要よね…神岡さんに相談してみるのはどうかしら?」

「神岡を知っているのか?」

 神岡というのは、私の大学の後輩で今は厚生労働省にいる。もう定年前だから、かなり良いポストにはいるはずだが、ことが公になっても問題ないのだろうか?


「あなたが亡くなった後、一番残念がって親身にしてくれた方よ。もちろん厚生省は退職されて、彼も年金生活だったけど」

「まぁ、今はギリギリ現役だな。来年くらい定年だろうけど」

「厚生労働省は、高齢者医療費が下がるのは当然賛成だから、むしろ味方になってくれるのじゃないかしら」

「わからないぞ、まぁ、他は身銭を切るしか無いからそれとなく話してみるか」

「ええ、それがいいわ」

「じゃぁ、アポを取って二人で東京に行こう!」


 私と咲希は、神岡と品川で落ち合う約束をして、新幹線に乗った。咲希は、今日は気合いの入ったあの黒のミニスカートだ。

「やぁ、久しぶりだね。元気にしてたかい?」

 神岡は大学のニ年後輩なので、59歳だ。お役所で苦労したのか、見事にハゲ上がっている。

「大山さんこそ!元気でした?」

「うん、私は定年して気ままにやってるよ」

「で、そちらの方はお嬢さんですか?」

 神岡は咲希を見てそう聞く。

「咲希だ。恥ずかしい話しだが、実は妻なんだよ」

 私は小声で耳打ちする。

「えっ、ええ〜〜!!!」

「とにかく、飲もうか。咲希もビールかい?」

「私は烏龍茶で」

 

「じゃぁ、久しぶりの再会に乾杯〜」

 神岡は、まだ先ほどの驚きから復帰出来ずにとりあえずグラスを合わせる。

「ど、どういうことですか?」

「話せば、長くなるし荒唐無稽なので信じないと思うけど、実は彼女は今年50歳なんだ」

「いや、嘘でしょ!どう見ても二十歳くらいじゃ無いですか?!」

「ここだけの酒の席での話しだ。若返りの薬が出来るとしたら、厚生労働省としてはどうする?」

 私はいきなり本題に入った。ここまでは、咲希と相談した計画どおりだ。


「わっ、若返りの薬ですか?それにしても…」

 神岡は尻切れトンボな会話で、ちらっと遠慮がちに咲希をみる。

「大山さんが、ずっとその薬を研究していたのは知ってましたよ。それにしても…」

「まぁ、私が若い娘を連れてきて担いでいるって思うのが普通だよね」

 ワハハと冗談とも本気とも言わずに私は笑う。

「もし…それが本当なら、厚生労働省としては試薬であっても喉から手が出るほど欲しいでしょうね」


「そう思うか?」

「ええ、高齢者医療費はウナギ上りに増大しています。近いうちに医療費は60兆円に膨らむという試算が出ています。その40パーセントが高齢者医療費なんですよ。それがその薬で無くなるのであれば」

「薬が作れるのは本当です」

 咲希が横から口を挟んだ。


「作ろうと思えば作れると?」

「ええ」

「どう思う?」

 私は神岡に問いかける。

「それが本当なら国家予算を投じる価値があるでしょうね」

「よーし、それで決まりだ。私たちはラボが欲しい。厚生労働省は薬が欲しい。ウインウインだな」

「まぁ、ラボくらいなら私の一存でどうにでもなりますが、大臣を納得させるには実物が必要になりますよ。本当に作れるんですか?」

「作れる!」

 

 本当は私はもっと慎重で堅実な人間だ。しかし、咲希が現れてからの数日ハイになっていた。戸籍が私の背中を押した。ありえるはずがない戸籍に彼女が言ったことが書かれていた以上、私は咲希の言葉を全面的に信ずることにしたのだ。


 家に戻った私達に、数日後、神岡から連絡があった。厚生労働省持ちでラボが用意出来たので、明日からそちらに通ってくれとのことだ。


「ラボが用意出来たらしいから、明日から一緒に通おう」

「早かったですね。これであなたと一緒に若返れます」

 咲希はうれしそうにそう言いながら、ソファーに座る私の後ろから抱きついてきた。

「おい!」

「いいじゃない、もう夫婦だって認めてくれたんでしょう?」

「ま、まぁな」

 そう言うと咲希が私をぎゅーっと抱きしめて、頬をスリスリしてくる。

「やめないか!」

「だって、私はこの若返った身体でずっとあなたにこうしたかったんだから」


 リジュベルミンは、たしかに画期的だ。これほど若返れたらほぼ永遠の命を人類は手に入れることが出来るのではないだろうか…

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