2 タイムトラベル

「それで、きみは何をするためにこの世界線に来たのかな?」

 私は、良識ある大人として出来るだけ彼女の話しを尊重して優しく質問を続ける。

「もちろん元の世界線でのあなたの夢を叶えるためですが、あなたのいない世界で私はもう12年も生きてきて、この先一人で生きることが嫌になったからです」

「生きるのが嫌だなんて、若いのにそう言うことを言っちゃいけないよ」

 なんてもったいないことを言うんだ。まだまだこれからなのにと私は思う。

「やはり、私の話しを信じてはくれないのですね」


「そうだね。信じろと言う方が無理があるよね。それに私はきみに会うのは、61年生きてきて初めてなんだよ。会った事もない人に、こんなことを言われて鵜呑みにするほど私も若くないからね」

「そうですよね、あなたらしい判断だと思います。この世界線には私は存在しませんから…」

 咲希は悲しそうな顔をして、それでも何か覚悟のある目でそう言った。


「どう言う事?」

「タイムトラベルは技術的には可能になりましたが、純粋な意味でのタイムトラベルは多くの物理学者が提唱したように不可能だったんです」

「ちょっと専門外だから良くわからないけど、きみの話しでは時間の逆行は出来たんだよね?」

「ええ、私が存在していなかった新たな並行世界を生み出すと言う形では…」

「生み出す?!」


 なにやら自分の人生を全否定されたような言葉が出てきて、動揺してしまう自分に気づく。それに気づいたのか、彼女は説明を続ける。

「生み出すと言っても、分岐した並行世界ですからこれまでのあなたの人生やこの世界の歴史が幻だったと言うことではありません」

 彼女の言葉は淡々と続く。

「ご存知かどうかはわかりませんが、純粋なタイムトラベルでは祖父ごろしのパラドックスのような矛盾が生じます」

「あー、聞いたことはあるね。過去に飛んで自分のお爺さんを殺したら、自分は生まれてくるハズが無いのに存在してるって話しだね」

「そうです、なのでタイムトラベルをした瞬間に、そのトラベラーが存在しない世界が元の世界から新たに分岐して生まれるのです」

「…」

「なので、この世界は昨夜私がやってきた時に生まれた世界ですが、元の世界から分岐した世界なので、あなたの生きてきた時空は嘘ではありません」


「ちょっと待って、理解が追いつかなくなってきた」

「人間がタイムトラベルをする場合、元の世界で作られた物、例えば服とかは元の世界線に残ってしまいます」

 彼女は、私の静止を聞かず話しを続ける。

「わかりますか?自分が存在しない世界に、素っ裸の無一文でトラベルする恐怖と覚悟が?」

 咲希は、睨む様な涙ぐんだ目で私を見る。

「私はこんなにあなたを愛していても、あなたは私を全く知らない」

 そう言われると私には返す言葉もなく、自分には絶対に無理だなと思ってしまう。ほとんど自殺行為に近い。

 それが彼女が真っ裸で私のベッドにいて、今も毛布の中は何も身につけていない理由なのだろう。


 私は、真偽は別にして、とりあえずこの娘を保護しないといけないのかなと、咲希のその真っ直ぐで覚悟の決まった目を見て思った。

「わかった。とりあえず追い出すことはしないと約束しよう。先ずは何かタンスにある私の衣類だが、気にいるモノを着てきなさい。下着や靴下はまだ封を切っていない予備があるからそれを」

「信じてもらえたの?」

「いや、それはまだ無理かな」

「そうよね」

 彼女は、少し笑顔を見せてタンスのある部屋に行った。

 たしかに、彼女はこの家の間取りをまるで住んでいたように良く理解していて、教えなくともトイレの場所やタンス部屋を知っている。


 咲希は、小さくなって捨てようと思っていたデニムにシャツとパーカーを着て戻って来た。

「じゃぁ、私が朝ごはんを作るわ。あなたは朝はパンよね?」

「助かるね。お願い出来るかな?」

「任せて!50年あなたの食事を作って来たのだから」

 そう言って、掛けてあったエプロンをして、キッチンの前に立った。

 私は、機会がなくずっと独身だったがその後ろ姿を見て、いいものだなと思う。

「特に今日も予定は無かったし、このままここで暮らすのなら、きみの必要なものを買いに行こうか」

「嬉しい!」

 こうして、文字通り振って湧いた自称19歳の幼妻と私は同居する事になった。


 咲希には土地勘があるようだった。私の車に乗る時も特に指示しなくても、助手席でシートベルトをして、家から30分程度のショッピングモールに移動する間も、そこで曲がる事を当然知っていたごとくに景色を見ている。どちらかと言えば懐かしんでいる目で風景を見ていた。

 咲希の話しが仮に本当だとすれば、彼女は40年前の景色を見て、40年前の車でかかる音楽を聴いているのだと言う事になる。

「だいぶ風景が違うかい?」

 私は疑いながら彼女に聞く。

「いえ、桜が綺麗で、この街はほとんど変わらないなと思っていたの、元の世界だともっと大きな道になって、運転しやすくなってたけど。最も、自分で運転なんかしなかったけどね」

「免許を持ってなかったの?」

「いえ、自動運転の車ばかりだから、一般の運転免許は無くなって、講習でもらえる車の所持免許だけになっていたわ」

「なるほどなぁ」

「でもこう言う車もマニアの人たちは乗るので、そう言う人たちは運転免許がないと乗れなかったけどね。毎年更新があって厳しかったわ」

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