未来からの花嫁

@Sunanochiya

1 突然

 特に目覚ましが鳴るわけでもなく、いつものように目覚めた。

 …いや、いつも通りでは無い。隣に誰かが寝ているのだ。しかも私に抱きつくように、それは素っ裸の女子だった。


 柔らかい

 暖かい

 良い匂いがする


 いやいやいや、そういうことじゃない!なんなのだこの女は?!

 昨夜泥酔しての過ち?30代や40代ならあるかもしれないが、昨年還暦を迎えた私にそんな事があるはずも無い。定年退職をして今は、毎日自宅でのんびりと過ごしているのだから、飲みに行く事情もなく田舎の自宅で菜園などをしながら暮らしていて、昨夜も自炊で安い焼酎のお湯割りを飲んで寝たはずだった。


「ちょっ、ちょっ!起きて!」

「うーん…」

 寝返りをうつ女子、ぽろんと形の良い乳房が丸見えで揺れる。60男には、誠に毒だ。

 いやいやいや、この娘、全く見覚えもないのだが、ひょっとして未成年じゃないのか?!

 何がどうなって、こうなったのかは分からないが下手をすりゃ犯罪じゃないか。私こと大山大介、一世一代のピンチなのかも知れない。61年大人しく波風立てずに生きてきたのに、こんな孫娘のような子に人生を狂わされてはたまらない。


「ウップ!」

 女がいきなり起きた。

「トイレ!トイレ!」

 私を見た第一声はトイレ!だった。

 女は真っ裸でドタドタとトイレに向かって駆けていった。なぜトイレの場所を知っているのだろう?

「オェ〜!!」

 吐いているようだ。

 とりあえず私は、パジャマのまま起きてダイニングに移動する。ジタバタしても仕方がないので、コーヒーを飲んで彼女を待つことにした。人はありえないことを経験すると、妙に冷静になるものだ。自分に覚えがない以上、彼女から情報を得るしかない。


「うぅ.…すごく、気持ち悪い…」

 しばらくして、寝室の毛布で身体を包んだ彼女がダイニングに現れた。

 改めて見ると美人だ。銀髪のショートカットで、涼やかな目、まだ少しだけあどけなさが残っている。

「コーヒー飲むかい?」

「いえ、お水をもらえるかしら」

 私は冷蔵庫のペットボトルの水を彼女に渡す。彼女は水を飲んで一息ついた。

 

「さて、君は誰で、どうして私のベッドで裸で寝ていたのか、説明してもらってもいいかい?」

「多分信じないと思うけど、違う世界線で大介さん、あなたと私は50年一緒に暮らした夫婦なの」

「……!!」

 50年一緒に暮らした夫婦だと言う設定から始まった。なるほど、夫婦なら裸で一緒に寝ててもおかしくはない…って、そんなわけあるか〜い!

「私は二人で開発した若返りの薬を飲んで、この世界線にタイムトラベルをしてきました」

「その荒唐無稽な話しを信じろと?」

「私の名前は大山咲希、1975年生まれ、今年89歳です」

「何を言っているんだ?きみはどう見ても20歳そこそこじゃないか、それに今は2025年だから1975年生まれなら50歳くらいだろ?」

 

「そう、私のいた世界線で私達は2050年に新薬リジュベルミンを開発して、私が最初の治験者になったの」

「若返りの薬だって?!」

「私は、14年飲み続けたから、今の観察年齢は19歳ですが、絶対年齢は89歳です」

 たしかに私は昨年まで、製薬会社でその研究をしていた。しかし、結局のところは老化を遅らせる薬が出来たのみで、本当の意味での若返り薬は完成させることが出来なかった。

 

「2050年からタイムトラベルしてきたと?」

「いいえ違います。2050年にはまだ、タイムトラベル技術は出来ていません、私は2064年からきました」

「なぜ、過去に?」

「その世界線のあなたの夢だったからです」

「と言うことは、その世界線では私はもう死んでいるのかな?」

「そうです。あなたは新薬が出来た2年後に亡くなりました」


 全くとんでもない話しだが、彼女の話しには淀みがない。

「新薬は一年で四歳しか若返れないんです。あなたは8歳若返った私を最後に見て、もっと見たかった。出来れば一緒に若返りたかったと言い残して亡くなったんです」

 ふむ、私は2052年、つまり今から27年後88歳で死ぬのか、米寿を迎えて死ぬのなら、まぁそんなものかな…

 ついでなので、もう少し彼女の話しに乗って聞いてみることにする。


「私は、35年間製薬会社でその若返りの薬を研究してきたが結局作れなかった」

「それは、2030年に量子コンピュータが実用化されて、画期的に製薬技術が進んだからです」

「あぁ、そうか、もう少し遅く生まれていれば出来たのかも知れないな。それでも開発に20年かかったと?」

「そうです、その世界線では私達はナゾニク製薬の共同研究者でした」

 

 ナゾニク製薬とは、私が昨年定年退職した会社だ。確かに私はそこの研究者だった。とても信じられない話しだが、彼女の話しはところどころ妙な説得力があると、私は思い始めていた。

 普通に新薬の開発には9〜17年はかかる。しかもその成功率は3万分の1と言われる。たとえ量子コンピュータが出来たとしても、基礎研究が画期的に進むと言うだけなのだ。候補物質の探索プロセスと試行錯誤の回数が減るためにたしかに破壊的にこの作業は早くなる。しかし、そのあとの細胞やラットを使っての非臨床試験に数年、それで毒性が出たり思った効果が出なければまた一からやり直しになる。この咲希と名乗る女性の話しが本当だとすれば、治験にたどり着くまで20年かかったとしても不思議ではない。

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