第四十四話 やよい、戦の負傷者を救う
🏯『大阪城台所所・やよい記』
第四十四話 やよい、戦の負傷者を救う——医術と料理が交わる瞬間
——これは、わたくし曲直瀬やよいが、
“戦の痛み”と“命の重さ”を初めて知った日の記である。
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◆ 兵の膳を届けた翌日
やよいが御膳所で仕込みをしていると、
城内に緊迫した声が響いた。
「負傷者が戻ったぞ!
医務へ運べ!」
御膳所中が凍りついた。
お市が震える声で言った。
「……戦が……
本当に始まったんや……」
千代はやよいを見た。
「やよいさん。
医務へ行きなさい。
あなたの力が必要になる」
やよいは深く頷いた。
(わたし……
行かなあかん……
命が……
待ってる……)
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◆ 医務の混乱
医務に入ると、
そこは戦場のようだった。
血の匂い。
汗の匂い。
恐怖の匂い。
玄朔が叫んでいた。
「脈を診ろ!
血を止めろ!
息を確かめろ!」
弟子たちは必死に動いていたが、
負傷者の数が多すぎた。
玄朔がやよいを見つけた。
「やよい!
こっちへ来い!」
やよいは駆け寄った。
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◆ やよい、初めての“戦の傷”
玄朔が指さしたのは、
肩から胸にかけて深い傷を負った若い兵だった。
血が止まらず、
呼吸も浅い。
やよいは息を呑んだ。
(……血の匂い……
でも……
腐りの匂いはない……
まだ助かる……)
玄朔が言った。
「やよい。
この者の“脈”を読め」
やよいは手首に触れた。
(……脈が弱い……
でも……
まだ沈んでない……
血を止めれば……
助かる……)
「玄朔様……
まだ……
間に合います……!」
玄朔は頷いた。
「よし。
やよい、手伝え!」
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◆ やよい、血を止める
玄朔が布を渡した。
「やよい。
この傷は深いが、
“流れ”は読める。
おまえの手で押さえろ!」
やよいは震える手で布を当て、
傷口を押さえた。
(……血の流れ……
体の熱……
脈の強さ……
全部が……
わたしの手に伝わる……)
玄朔が言った。
「やよい。
そのままや。
おまえの“手の温度”が血を落ち着かせる」
やよいは驚いた。
(わたしの……
手の温度……?)
しかし、
兵の呼吸は少しずつ落ち着いていった。
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◆ やよい、匂いで“危険”を読む
別の負傷者が運ばれてきた。
足を深く切られ、
顔は青白い。
やよいは匂いを嗅いだ。
(……血の匂い……
汗の匂い……
でも……
これは……
“冷え”の匂い……)
「玄朔様!
この方……
体が冷えてます!
火を……
少しだけ……!」
玄朔は目を見開いた。
「やよい……
よく読んだ!」
火鉢を近づけると、
負傷者の脈が少し強くなった。
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◆ やよい、料理で命を支える
負傷者の治療が一段落したころ、
玄朔が言った。
「やよい。
“回復の膳”を作ってくれ」
やよいは驚いた。
「医務で……
料理を……?」
玄朔は頷いた。
「戦の傷は、
薬だけでは癒えん。
“食”が命をつなぐ」
やよいは御膳所へ走り、
千代に頭を下げた。
「千代さん……
負傷者のための膳を……
作らせてください!」
千代は迷わず言った。
「やよいさん。
行きなさい。
あなたの料理が必要や」
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◆ やよいの“回復の膳”
やよいは素材を選んだ。
・大根
・鶏肉
・生姜
・葛粉
・小松菜
(体を温めて……
気を補って……
負担をかけず……
命をつなぐ……)
火床の前で、
やよいは深呼吸した。
(負傷者の体が……
求めてる味……
わたし……
作れる……)
完成したのは——
鶏と大根の葛仕立て。
やよいは医務へ運んだ。
負傷者たちは弱々しくも、
一口飲むと表情が変わった。
「……あったかい……」
「体が……
楽になる……」
玄朔が言った。
「やよい。
おまえの料理は……
命を支えている」
やよいの胸が熱くなった。
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◆ 老いたやよいの一行
——あの日、
わたくしは初めて“戦の負傷者”を救った。
血の匂い、
汗の匂い、
恐れの匂い。
そのすべての中で、
わたくしは“命の声”を聞いた。
医術と料理が交わり、
一つの道となった瞬間であった。
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