第四十二話 やよい、御膳所の“新たな試練”

🏯『大阪城台所所・やよい記』


第四十二話 やよい、御膳所の“新たな試練”——戦の影が迫る


——これは、わたくし曲直瀬やよいが、

“戦の匂い”を初めて感じた日の記である。


---


◆ 不穏な朝の空気

その日の御膳所は、

いつもより静かだった。


お市が小声で言った。


「……なんや、今日は空気が冷たいなぁ……

 火が落ち着かへん……」


お澄も眉をひそめた。


「千代さんも宗右衛門様も、

 朝から顔が険しいで……」


やよいは胸がざわついた。


(火が……

 揺れてる……

 迷ってる……

 何かが起こる……)


千代が火床の前で言った。


「やよいさん。

 今日は“いつも通り”を心がけなさい」


その声は、

いつもより少しだけ硬かった。


---


◆ 使者の来訪

御膳所の戸が勢いよく開いた。


「宗右衛門殿!

 至急、御膳所の者を集めてくだされ!」


使者の顔は青ざめていた。


宗右衛門が前に出る。


「何があった」


使者は震える声で言った。


「……城下で“戦の準備”が始まったとの報せが……

 上様は“兵の膳”を急ぎ整えよと……!」


御膳所中がざわめいた。


お市が叫んだ。


「戦……!?

 ほんまに……?」


千代は静かに言った。


「やよいさん。

 “命を支える料理”が必要になるわ」


やよいの胸が震えた。


(戦……

 命が……

 たくさん動く……)


---


◆ 玄朔の呼び出し

そのとき、

玄朔の弟子が駆け込んできた。


「やよい殿!

 玄朔様が“至急に来い”と!」


千代が言った。


「やよいさん。

 行きなさい。

 医務も動き出すわ」


やよいは頷き、

医務へ向かった。


---


◆ 医務の緊張

医務に入ると、

玄朔は薬草を並べ、

弟子たちに指示を飛ばしていた。


「やよい、来たか」


玄朔の声は、

いつもより低く、重かった。


「玄朔様……

 戦が……?」


玄朔は頷いた。


「まだ確定ではない。

 だが……

 “戦の匂い”がする」


やよいは息を呑んだ。


(戦の……匂い……)


玄朔は続けた。


「やよい。

 これからは“怪我人”も“産の者”も増える。

 おまえの力が必要や」


やよいは胸に手を当てた。


(わたし……

 逃げへん……

 命を支えるために……

 ここにおるんや……)


---


◆ 御膳所と医務、同時に動く

御膳所では——

千代が兵のための“力の膳”を作り始めていた。


医務では——

玄朔が薬草を仕分け、

やよいに指示を出していた。


「やよい。

 この薬草は“気を補う”。

 兵の疲れに効く」


「この薬草は“血を止める”。

 戦が始まれば必要になる」


やよいは薬草を嗅ぎ、

匂いで効能を読み取った。


(……これは……

 体を温める……

 これは……

 痛みを和らげる……)


玄朔は目を見開いた。


「やよい……

 おまえの匂いの才は……

 戦でも役に立つ」


---


◆ 千代の言葉

御膳所に戻ると、

千代がやよいを呼び止めた。


「やよいさん。

 戦が来たら……

 御膳所は“命の台所”になる」


やよいは息を呑んだ。


「命の……台所……?」


千代は頷いた。


「兵の命を支える膳。

 怪我人を癒す膳。

 産の者を守る膳。

 全部が必要になる」


「やよいさん。

 あなたの料理は……

 その全部に届く」


やよいの胸が熱くなった。


(わたしの料理が……

 命を支える……

 戦の中でも……)


---


◆ 老いたやよいの一行

——あの日、

わたくしは“戦の影”を初めて感じた。


火は揺れ、

匂いは重く、

空気は冷たかった。


料理も医術も、

命を支えるためにある。


その覚悟を、

わたくしはこの日、

深く胸に刻んだのである。

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