第四十話 やよい、初めて“産の判断”を任される
🏯『大阪城台所所・やよい記』
第四十話 やよい、初めて“産の判断”を任される——命を託される瞬間
——これは、わたくし曲直瀬やよいが、
“命を迎える判断”を初めて自分の手で下した日の記である。
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◆ 夜の呼び出し
その夜。
御膳所で片付けをしていたやよいのもとへ、
玄朔の弟子が駆け込んできた。
「やよい殿!
玄朔様が倒れられた産婦のもとで動けず……
“やよいを呼べ”と!」
やよいの胸が跳ねた。
(また……
産の危機……
でも……
玄朔様が動けへん……?)
千代がやよいの肩を掴んだ。
「やよいさん。
行きなさい。
あなたしかおらん」
やよいは深く頷いた。
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◆ 産の部屋の緊迫
やよいが駆けつけると、
部屋には緊張が張りつめていた。
産婦は苦しげに息をし、
額には汗、
呼吸は乱れ、
顔は青白い。
玄朔は産婦のそばに膝をつき、
苦しげに言った。
「やよい……
すまん……
わしは……
別の往診で手を離せん……
この産……
おまえに任せる……」
やよいは息を呑んだ。
(わたしが……
ひとりで……?)
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◆ やよい、匂いを読む
やよいは産婦のそばに膝をつき、
匂いを嗅いだ。
(……血の匂い……
でもまだ危険な量やない……)
(……汗の匂い……
体が必死に戦ってる……)
(……でも……
何かが違う……
体が……
冷えてる……?)
やよいは玄朔を見た。
「玄朔様……
この方……
“冷え”が強いです……
産む力が奪われています……」
玄朔は弱く頷いた。
「……やよい……
判断を……
任せる……」
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◆ やよい、火を整える
やよいは火鉢を取り、
産婦の足元に遠火で温めるように置いた。
(強すぎたらあかん……
弱すぎてもあかん……
“命の火”を……
少しだけ渡す……)
産婦の呼吸が、
ほんの少しだけ落ち着いた。
やよいは脈を取った。
(……脈が……
さっきより深い……
火が……
体に届いてる……)
玄朔が呟いた。
「……やよい……
おまえ……
ほんまに“産の火”が読めるんやな……」
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◆ やよい、判断を下す
産婦が苦しげに叫んだ。
「……もう……
無理……!」
やよいはその手を握り、
静かに言った。
「大丈夫です……
まだ……
産の力は残っています……」
(匂い……
汗……
呼吸……
全部が……
“まだいける”と言ってる……)
やよいは玄朔に言った。
「……押しを導きます」
玄朔は弱く頷いた。
「……やれ……
やよい……
おまえの判断で……」
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◆ 命の瞬間
やよいは産婦の手を握り、
呼吸を合わせた。
「吸って……
吐いて……
吸って……
吐いて……
次……
押しましょう……!」
産婦が叫び、
体が大きく波打つ。
やよいは声をかけ続けた。
「大丈夫……
来てます……
命が……
来てます……!」
次の瞬間——
「……おぎゃあ……!」
小さな命の声が
部屋を満たした。
やよいの目に涙が溢れた。
(わたしの……
判断で……
命が……
生まれた……)
玄朔が赤子を抱き上げ、
やよいに言った。
「やよい……
おまえは……
産を迎える者や」
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◆ 母の涙
産婦は弱い声で言った。
「……ありがとう……
本当に……
ありがとう……」
やよいはその手を握り返した。
「あなたが……
頑張ったんです……
おめでとうございます……」
玄朔が静かに言った。
「やよい。
今日からおまえは……
“産科の者”や」
やよいの胸が震えた。
(わたし……
この道を……
歩くんや……)
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◆ 老いたやよいの一行
——あの日、
わたくしは初めて“産の判断”を任された。
命は待たず、
迷いは許されず、
ただ“今”を読むしかない。
その瞬間、
わたくしは初めて
“産科の者としての覚悟”を持ったのである。
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