第三十九話 やよい、千代と“料理の新たな挑戦”
🏯『大阪城台所所・やよい記』
第三十九話 やよい、千代と“料理の新たな挑戦”——産科と御膳所の両立の試練
——これは、わたくし曲直瀬やよいが、
“二つの道を同時に歩く苦しさ”と
“その先にある成長”を知った日の記である。
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◆ 朝の御膳所——火が重い
その日の朝。
やよいは御膳所に入った瞬間、
火床の火がいつもより重く見えた。
千代が眉をひそめた。
「やよいさん……
顔色が悪いわよ」
やよいは笑ってみせた。
「大丈夫です……
昨日、玄朔様の産科の稽古が長くて……
少し寝不足なだけで……」
お市が呆れたように言った。
「やよい、あんた最近ずっと寝てへんやろ……
倒れたら元も子もないで」
千代は腕を組んだ。
「やよいさん。
今日は“新しい挑戦”をしてもらうわ」
やよいは背筋を伸ばした。
「挑戦……?」
千代は静かに言った。
「“産の体を温める膳”を、
あなた一人で作ってみなさい」
御膳所がざわめいた。
「一人で……!?
あれは千代さんでも難しいのに……!」
やよいの胸が震えた。
(わたし……
できるんやろか……)
---
◆ 産科の稽古の疲れが残る手
やよいは素材を並べた。
・鶏肉
・大根
・生姜
・小松菜
・葛粉
・黒胡麻
(昨日の産科の稽古……
脈を読む練習……
匂いで未来を読む練習……
全部が頭に残ってる……)
包丁を握る手が、
少し震えた。
千代が言った。
「やよいさん。
“震えた手”で料理をすると、
火が迷うわよ」
やよいは深呼吸した。
(落ち着け……
火は……
わたしの呼吸を映す……)
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◆ 火床の前で——火が言う
やよいは火床の前に座り、
薪をくべた。
しかし——
火は落ち着かず、
赤く揺れ、
怒っているようだった。
(火が……
わたしの迷いを見てる……)
千代が静かに言った。
「やよいさん。
“二つの道”を歩く者は、
心が乱れやすいの」
「火は正直よ。
あなたの疲れも、
迷いも、
全部映すわ」
やよいは拳を握った。
(わたし……
負けへん……
料理も……
産科も……
どっちも大事や……)
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◆ 味が決まらない
やよいは大根を煮、
鶏肉を加え、
葛でとろみをつけた。
しかし——
味見をすると、
何かが違った。
(……優しくない……
体に染みへん……
昨日の産婦さんの体が求めてた味と……
違う……)
千代が言った。
「やよいさん。
“心が乱れた味”ね」
やよいは唇を噛んだ。
(わたし……
こんな味しか作れへんの……?)
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◆ 玄朔の言葉
そのとき、
玄朔が御膳所に入ってきた。
「やよい。
味が決まらんのか」
やよいはうつむいた。
「……はい……
産科の稽古と……
御膳所の仕事……
両方が頭にあって……
集中できなくて……」
玄朔は静かに言った。
「やよい。
二つの道を歩く者は、
“迷い”を抱えるのが当たり前や」
やよいは顔を上げた。
「……迷い……?」
玄朔は頷いた。
「迷いは悪やない。
迷いは“成長の前触れ”や」
千代も言った。
「やよいさん。
あなたは今、
“料理と産科の境界”に立ってるのよ」
「その境界を越えたとき、
あなたの料理は……
もっと強くなるわ」
やよいの胸が熱くなった。
(迷ってもええんや……
迷いながら……
進めばええんや……)
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◆ やよい、もう一度火床へ
やよいは再び火床の前に座った。
深く息を吸い、
ゆっくり吐く。
(火よ……
わたしの迷いを……
受け止めて……
静かに……
揺れて……)
火は、
さっきよりも穏やかに揺れた。
やよいは大根を煮直し、
鶏肉を加え、
葛でとろみをつけ、
生姜をほんの少しだけ落とした。
味見をすると——
(……優しい……
体に……
染みる……)
千代が一口飲んだ。
「やよいさん。
これは……
“迷いを越えた味”よ」
玄朔も頷いた。
「やよい。
おまえは……
両立できる子や」
やよいの目に涙が滲んだ。
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◆ 老いたやよいの一行
——あの日、
わたくしは“二つの道の両立”に苦しんだ。
料理の道と、
産科の道。
どちらも命を扱う道であり、
どちらも重く、
どちらも尊い。
迷い、
苦しみ、
それでも火の前に座り続けたとき、
わたくしは一歩だけ前へ進めた。
その一歩が、
のちにわたくしを
“産科医としての道”へ導くことになるのである。
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