第三十六話 やよい、御膳所の“重大事件”に巻き込まれる

🏯『大阪城台所所・やよい記』


第三十六話 やよい、御膳所の“重大事件”に巻き込まれる——料理の世界の闇が動く


——これは、わたくし曲直瀬やよいが、

“料理は政治であり、命を左右する武器にもなる”

と初めて知った日の記である。


---


◆ 不穏な朝

その日の御膳所は、

いつもと違う空気に包まれていた。


お市が小声で言った。


「……なんや、今日は空気が重いなぁ……」


お澄も眉をひそめた。


「千代さんも宗右衛門様も、

 朝から顔が険しいで……」


やよいは胸がざわついた。


(何か……

 起こってる……)


そのとき——

御膳所の戸が勢いよく開いた。


---


◆ 使者の言葉

使者が青ざめた顔で叫んだ。


「宗右衛門殿!

 “上様の膳”に異変があった!」


御膳所中が凍りついた。


千代が一歩前に出た。


「異変……とは?」


使者は震える声で言った。


「上様が……

 昨夜の膳を召し上がったあと、

 急に胸を押さえて倒れられた!」


やよいは息を呑んだ。


(上様が……!?)


使者は続けた。


「玄朔様は“毒ではない”と仰ったが……

 “何かがおかしい”とも……」


宗右衛門は火床の前で低く言った。


「……御膳所の者が、

 全員呼ばれるやろな」


---


◆ 御膳所、全員召集

やよいたちは、

緊張の中で上様の御座所へ向かった。


そこには玄朔が立っていた。

顔は険しく、

目は鋭い。


「宗右衛門。

 御膳所の者、全員揃ったな」


宗右衛門が頷いた。


「玄朔。

 上様の容態は?」


玄朔は静かに言った。


「命に別状はない。

 だが……

 “膳の何か”が体に合わなかったのは確かや」


御膳所中がざわめいた。


千代が言った。


「毒ではない……

 でも体に合わない……

 それは……」


やよいは小さく呟いた。


「……“食の毒”……」


玄朔がやよいを見た。


「やよい。

 そうや。

 “毒”やなくても、

 “体を害する食”はある」


---


◆ やよい、膳を調べる

玄朔が言った。


「やよい。

 おまえの“舌”と“鼻”で、

 膳を調べてくれ」


御膳所中が息を呑んだ。


「やよいが……!?

 上様の膳を……!?」


千代は静かに言った。


「やよいさん。

 あなたしかできないわ」


やよいは膳の前に座り、

一つずつ匂いを嗅いだ。


(……この汁……

 匂いが重い……

 でも毒の匂いやない……)


(……この煮物……

 素材は良い……

 でも……

 火が強すぎる……

 体を熱しすぎる……)


(……この薬味……

 香りが強すぎる……

 上様の体質には……

 合わへん……)


やよいは震える声で言った。


「……これは……

 “毒”やなくて……

 “体質に合わない組み合わせ”です……」


玄朔は深く頷いた。


「やよい。

 正解や」


---


◆ 料理の世界の“闇”

そのとき——

千代が低く言った。


「宗右衛門様。

 これは……

 “わざと”ですか?」


御膳所中がざわめいた。


宗右衛門は火床を見つめたまま言った。


「……分からん。

 せやけど……

 上様の膳に“体質に合わん組み合わせ”が出るなんて……

 普通はありえん」


お市が震える声で言った。


「まさか……

 御膳所の中に……

 誰か……?」


玄朔が静かに言った。


「やよい。

 おまえの“舌”と“鼻”が、

 この事件の鍵を握る」


やよいの胸が震えた。


(料理の世界に……

 闇がある……

 命を救う料理が……

 命を脅かすこともある……)


千代がやよいの肩に手を置いた。


「やよいさん。

 あなたは……

 この闇に立ち向かう力を持ってる」


やよいは深く頷いた。


(わたし……

 逃げへん……

 料理も……

 医術も……

 命を守るためにある……)


---


◆ 老いたやよいの一行

——あの日、

わたくしは“料理の闇”を初めて知った。


毒でなくとも、

体質に合わぬ食は命を脅かす。


料理は政治であり、

武器であり、

命を左右する力を持つ。


その重さを知ったとき、

わたくしは初めて

“料理人としての覚悟”を深めたのである。

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