第二十九話 やよい、初めて“毒見役”を任される
🏯『大阪城台所所・やよい記』
第二十九話 やよい、初めて“毒見役”を任される——命を賭けた一椀
——これは、わたくし曲直瀬やよいが、
“料理は命を救うだけでなく、守るために命を賭けることもある”
と知った日の記である。
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◆ 御膳所に走り込む足音
その日の昼下がり。
御膳所の戸が勢いよく開いた。
「宗右衛門殿!
急ぎの御膳じゃ!」
使者の顔は青ざめていた。
「上様の側近が倒れた!
毒の疑いがある!」
御膳所中が凍りついた。
お市が呟いた。
「……毒……
ほんまに出たんか……」
千代が静かに言った。
「宗右衛門様。
“裏の仕事”ですね」
宗右衛門は火床の前で、
ゆっくりとやよいを見た。
「やよい。
来い」
やよいの胸が跳ねた。
(わたし……
呼ばれた……?)
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◆ 宗右衛門の決断
宗右衛門は、
やよいを御膳所の奥へ連れていった。
「やよい。
今日の毒見役は……
おまえや」
やよいは息を呑んだ。
「わ、わたしが……?」
千代が言った。
「やよいさん。
あなたの“鼻”と“舌”は、
御膳所で一番鋭い」
玄朔も頷いた。
「やよい。
おまえは医の才もある。
毒の匂いを嗅ぎ分けられるのは……
おまえしかおらん」
やよいの胸が震えた。
(怖い……
でも……
逃げたくない……)
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◆ 毒見の膳
使者が運んできた膳は、
まだ湯気が立っていた。
「これを食した側近が倒れた。
上様にお出しする前に、
毒の有無を確かめねばならぬ」
宗右衛門が言った。
「やよい。
匂いを読め」
やよいは膳に顔を近づけた。
(……重い……
でも……
これは……
“腐り”の匂いやない……)
(……喉が……
少し締めつけられる……
これは……
毒に近い……)
やよいは震える声で言った。
「……この膳……
“毒の匂い”がします」
御膳所中がざわめいた。
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◆ やよい、命を賭ける
宗右衛門が言った。
「やよい。
匂いだけでは断定できん。
“舌”でも確かめろ」
やよいは息を呑んだ。
(舌で……
毒を……?)
千代が言った。
「やよいさん。
ほんの少しでいい。
舌の先で触れるだけで分かるわ」
玄朔がやよいの肩に手を置いた。
「やよい。
もしものときは……
わしがすぐに手当てする」
やよいは深く息を吸った。
(わたし……
料理の道を選んだんや……
命を扱う道を……
逃げへん……)
やよいは、
ほんの少しだけ汁を舌に触れさせた。
(……苦い……
でも……
普通の苦味やない……
体が……
拒む……)
「……毒です」
宗右衛門は深く頷いた。
「やよい。
よう言うた」
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◆ 御膳所の決断
使者が叫んだ。
「毒か……!
では、上様に出すはずだった膳は……!」
宗右衛門が言った。
「すぐに作り直す。
千代、やよい。
“安全な膳”を作れ」
千代は頷いた。
「やよいさん。
あなたの鼻と舌が必要よ」
やよいは震える手を握りしめた。
「……はい」
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◆ 二人で作る“命を守る膳”
千代が火を整え、
やよいが素材を選ぶ。
(腐りやすいものは避ける……
匂いが重いものも……
火を通しすぎてもあかん……
でも弱すぎても……)
千代が言った。
「やよいさん。
あなたの“医の目”で選んで」
やよいは頷いた。
(これは……
命を守るための料理……)
二人は無言で動き、
火床の火が静かに揺れた。
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◆ 完成
宗右衛門が膳を見て言った。
「……これなら、
上様に出せる」
使者は深く頭を下げた。
「助かった……
本当に……」
千代はやよいを見た。
「やよいさん。
あなた……
命を守ったのよ」
やよいの胸が熱くなった。
(料理で……
命を守れた……)
---
◆ 老いたやよいの一行
——あの日、
わたくしは初めて“毒見役”を務めた。
怖かった。
震えた。
逃げたかった。
それでも、
わたくしは舌を出した。
料理は、
命を救うだけやない。
命を守るために、
命を賭けることもある。
その重さを知ったとき、
わたくしは初めて
“料理人としての覚悟”を持ったのである。
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