第二十八話 やよい、御膳所の“裏の仕事”を知る

🏯『大阪城台所所・やよい記』


第二十八話 やよい、御膳所の“裏の仕事”を知る——料理の影と責任


——これは、わたくし曲直瀬やよいが、

“料理は命を救うだけでなく、奪うこともある”と知った日の記である。


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◆ 御膳所に届いた“黒い包み”

その日の夕刻。

御膳所に、見慣れぬ使者が現れた。


「宗右衛門殿。

 これを……」


使者が置いていったのは、

黒い布に包まれた細長い箱。


お市が小声で言った。


「……なんや、これ……

 普通の荷やないで……」


宗右衛門は箱を開けた。


中には——

毒見箸(どくみばし)

が入っていた。


やよいは息を呑んだ。


(毒見箸……

 毒があるかどうか確かめるための……)


千代が低く言った。


「……来たわね。

 “裏の仕事”が」


---


◆ 宗右衛門の言葉

宗右衛門は、

やよいと千代を火床の前に呼んだ。


「やよい。

 千代。

 今日から、おまえらに“裏の仕事”を教える」


やよいは緊張した。


「裏の……仕事……?」


宗右衛門は静かに言った。


「料理はな……

 命を救うだけやない」


「時に、

 命を奪うこともある」


やよいの胸が締めつけられた。


(料理が……

 命を奪う……?)


宗右衛門は続けた。


「御膳所は“戦の場”や。

 食は武器にもなる。

 毒も、薬も、

 料理の中に隠れる」


千代が言った。


「やよいさん。

 あなたは“医の舌”を持っている。

 だからこそ、

 この仕事を知る必要があるの」


---


◆ 毒見の稽古

宗右衛門は、

三つの椀を並べた。


「この中の一つには、

 “毒に近い苦味”を入れてある」


やよいは息を呑んだ。


(毒……!?)


千代が言った。


「本物の毒やないわ。

 でも、

 “毒の匂い”に近いものよ」


やよいは椀を一つずつ嗅いだ。


(……一つは……

 匂いが重い……

 喉が締めつけられるような……

 これは……)


「……これです」


宗右衛門は頷いた。


「やよい。

 おまえの鼻は……

 医者の鼻や」


千代も言った。


「毒の匂いを嗅ぎ分けられる料理人は、

 御膳所でも数えるほどしかいないわ」


やよいの胸が震えた。


(わたし……

 そんな力が……?)


---


◆ “裏の仕事”の意味

宗右衛門は、

やよいの肩に手を置いた。


「やよい。

 覚えとけ」


「料理は“命を救う道”や。

 せやけど……

 その裏には、

 “命を守るための戦い”がある」


「毒を見抜くのも、

 医の仕事や」


やよいは深く頷いた。


(料理も……

 医術も……

 命を守るための道……)


千代が言った。


「やよいさん。

 あなたは“光”だけやなく、

 “影”も背負う覚悟がいるわ」


やよいは拳を握った。


「……はい。

 覚悟します」


---


◆ 老いたやよいの一行

——あの日、

わたくしは“御膳所の裏の仕事”を知った。


料理は、

ただ美味しければよいのではない。


命を救い、

命を守り、

時に命を賭ける。


その重さを知ったとき、

わたくしは初めて

“料理人としての覚悟”を持ったのである。

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