第二十五話 やよい、御膳所の“敵”と出会う
🏯『大阪城台所所・やよい記』
第二十五話 やよい、御膳所の“敵”と出会う——料理の世界の厳しさ
——これは、わたくし曲直瀬やよいが、
“料理の道は甘くない”と初めて知った日の記である 。
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◆ 御膳所に現れた女
その日の朝。
御膳所に、見慣れぬ女が立っていた。
背筋はまっすぐ、
髪はきっちり結われ、
目は鋭く、
動きに無駄がない。
お市が小声で言った。
「……あの人……
“千代(ちよ)さん”や……」
やよいは首をかしげた。
「千代さん……?」
お澄が続けた。
「御膳所の“元筆頭”。
腕は確かやけど……
気性がきついことで有名や」
宗右衛門が火床の前で言った。
「千代。
久しいな」
千代は深く頭を下げた。
「宗右衛門様。
今日から、また御膳所に戻らせていただきます」
やよいの胸がざわついた。
(この人……
ただ者やない……)
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◆ 千代、やよいを一瞥する
千代はやよいの前に立ち、
じっと見つめた。
「あなたが……
“やよい”さん?」
やよいは緊張しながら頷いた。
「はい……」
千代は冷たく言った。
「若いのに、
ずいぶんと宗右衛門様に可愛がられているようね」
やよいは息を呑んだ。
(この人……
わたしを……
敵として見てる……?)
千代は続けた。
「御膳所はね、
“舌”だけでは務まらないのよ」
「火の扱い、
素材の見極め、
段取り、
礼儀、
そして——
“覚悟”」
やよいは胸が締めつけられた。
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◆ 宗右衛門、試練を告げる
宗右衛門が言った。
「やよい。
千代と一緒に“同じ料理”を作れ」
御膳所がざわめいた。
「同じ料理……!?
それって……
勝負やん……!」
千代は微笑んだ。
「宗右衛門様。
よろしいのですか?
この子はまだ若いのに」
宗右衛門は火を見つめたまま言った。
「やよいには、
料理の道も、
医の道も歩ませるつもりや」
「そのためには……
“壁”がいる」
千代は静かに頷いた。
「では……
遠慮なく」
やよいの胸が震えた。
(わたし……
この人と……
勝負するんや……)
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◆ 課題は「出汁」
宗右衛門が言った。
「課題は“出汁”や」
御膳所中が息を呑んだ。
「出汁……!?
料理の根っこやん……!」
「千代さんの得意分野やで……!」
千代は微笑んだ。
「出汁はね、
料理人の“心”が出るのよ」
やよいは拳を握った。
(負けへん……
わたしの出汁……
わたしの心……
全部込める……)
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◆ 千代の出汁
千代は迷いなく動いた。
昆布を拭き、
火加減を調整し、
鰹節を削り、
湯の温度を見極める。
その動きは美しく、
無駄がなく、
まるで舞のようだった。
お市が呟いた。
「……やっぱり千代さんはすごい……」
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◆ やよいの出汁
やよいは深呼吸した。
(わたしは……
わたしのやり方で……)
昆布を手に取り、
匂いを嗅ぐ。
(この昆布……
海の匂いが強い……
火を弱めて……
ゆっくり……
ゆっくり……)
火床の火が、
やよいの動きに合わせて揺れた。
(鰹節は……
薄い……
でも香りが深い……
これなら……
病の人でも飲める……)
玄朔が小声で言った。
「やよい……
“医の目”で出汁を作っているな」
やよいは頷いた。
(料理も……
医術も……
命を扱う道……)
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◆ 審判
宗右衛門が二つの椀を手に取った。
まず千代の出汁を飲む。
「……見事や」
次にやよいの出汁を飲む。
宗右衛門は目を閉じた。
そして——
静かに言った。
「千代の出汁は“技”や。
やよいの出汁は“心”や」
御膳所がざわめいた。
千代は微笑んだ。
「……なるほど。
宗右衛門様が可愛がるわけです」
やよいは息を呑んだ。
千代は続けた。
「やよいさん。
あなた……
敵やと思ってたけど……
違うわ」
「あなたは……
“脅威”や」
やよいの胸が震えた。
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◆ 老いたやよいの一行
——あの日、
わたくしは初めて“料理の敵”と出会った。
料理の道は甘くない。
技も、心も、覚悟もいる。
しかしその厳しさが、
わたくしを強くした。
料理と医術。
二つの道を歩くためには、
越えるべき壁が必要だったのである。
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