第二十二話 やよい、初めて“産”を手伝う
🏯『大阪城台所所・やよい記』
第二十二話 やよい、初めて“産”を手伝う——命の重さに触れる
——これは、わたくし曲直瀬やよいが、
“命が生まれる瞬間”に初めて立ち会い、
自分の中の何かが静かに変わった日の記である。
---
◆ 産の部屋の前で
その日の昼下がり。
玄朔が御膳所へ駆け込んできた。
「やよい。
来い。
産が始まった」
やよいは手にしていた菜箸を落としそうになった。
「……産……?」
玄朔は短く頷いた。
「おまえの“匂いの才”がいる」
やよいの胸が跳ねた。
(わたし……
産の手伝い……?)
怖い。
でも、逃げたくない。
---
◆ 産の部屋の空気
部屋に入ると、
若い女が布団の上で苦しげに息をしていた。
「はぁ……っ、はぁ……っ……!」
汗の匂い。
血の匂い。
そして——
昨日感じた“命の匂い”。
やよいは息を呑んだ。
(これが……
命が生まれる匂い……)
玄朔が言った。
「やよい。
まずは“匂い”を読め」
やよいは目を閉じ、
女のそばに膝をついた。
(……熱い……
でも、悪い熱やない。
体が頑張ってる匂い……)
「玄朔様……
この方……
まだ……
産む力があります」
玄朔は驚いたように目を見開いた。
「やよい……
おまえ……
ほんまに“読める”んやな」
---
◆ やよい、初めて“産の手”を添える
玄朔が言った。
「やよい。
この女の手を握れ。
産はな……
孤独が一番あかん」
やよいは女の手を握った。
その瞬間——
女の指が、
必死にやよいの手を掴んだ。
「……っ……!」
やよいの胸が震えた。
(この手……
命を産もうとしてる……
必死に……
生きようとしてる……)
玄朔が声をかける。
「息を整えろ。
吸って……
吐け……
やよい、おまえも一緒に息を合わせろ」
やよいは女と同じリズムで呼吸した。
吸って——
吐いて——
吸って——
吐いて——
(わたしの息が……
この人の力になる……?)
---
◆ 命の瞬間
玄朔が言った。
「来るぞ。
やよい、しっかり手を握れ」
女が叫んだ。
「——っっ!!」
次の瞬間。
部屋の空気が変わった。
玄朔が手を伸ばし、
やよいの手が震え、
女の体が大きく波打ち——
「……おぎゃあ……!」
小さな、小さな声が
部屋の空気を震わせた。
やよいの目から涙がこぼれた。
(生まれた……
ほんまに……
生まれた……)
玄朔が赤子を抱き上げ、
やよいに言った。
「やよい。
これが“命の火”や」
やよいは震える声で言った。
「……あったかい……」
玄朔は頷いた。
「せや。
産科はな……
“命の火”を迎える仕事や」
---
◆ 御膳所に戻ると
御膳所に戻ると、
お市がやよいの顔を見て驚いた。
「やよい……
なんや……
顔が違うで……?」
お澄も言った。
「火を見る目やない……
命を見る目や」
宗右衛門は火床の前で言った。
「やよい。
おまえ……
産の手を添えたんやな」
やよいは静かに頷いた。
「……はい。
命が……
生まれました」
宗右衛門は火を見つめながら言った。
「やよい。
おまえは……
御膳所の子であり、
医の子であり、
“産の子”でもある」
やよいは胸に手を当てた。
(わたし……
この道を……
歩いていくんやろか……)
---
◆ 老いたやよいの一行
——あの日、
わたくしは初めて“産”に立ち会った。
命が生まれる瞬間は、
火が灯る瞬間と同じであった。
温かく、
眩しく、
そして——
尊い。
わたくしはその日、
“産科”という道の重さと美しさを知ったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます