第二十一話 やよい、玄朔の助手になる——“命の匂い”を学ぶ



第二十一話 やよい、玄朔の助手になる——“命の匂い”を学ぶ


——これは、わたくし曲直瀬やよいが、

“料理の舌”が“医の目”へと変わり始めた日の記である。


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◆ 玄朔の呼び声

翌朝。

御膳所で味噌を溶いていたやよいの背に、

玄朔の声が落ちた。


「やよい。

 今日から、わしの助手をやれ」


やよいは手を止めた。


「……助手、ですか?」


玄朔は頷いた。


「おまえの舌と鼻と指は、

 料理だけに使わせるには惜しい」


宗右衛門が火床の前で笑った。


「やよい。

 おまえは御膳所の子やけどな……

 “それだけ”で終わる子やない」


やよいの胸が熱くなった。


(わたし……

 料理だけやない……?

 医術も……?)


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◆ 病の部屋で学ぶ“命の匂い”

玄朔は、

やよいを再び病の部屋へ連れていった。


「やよい。

 今日は“匂い”を学べ」


「匂い……?」


玄朔は頷いた。


「病はな、

 目に見える前に“匂い”で分かる」


やよいは息を呑んだ。


(匂い……

 わたしがずっと感じてきたもの……)


玄朔は続けた。


「汗の匂い、

 熱の匂い、

 血の匂い、

 弱った体の匂い……」


「おまえはそれを“怖がりながらも嗅ぎ分けていた”。

 それは医者の才や」


やよいの胸が震えた。


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◆ やよい、初めて“産の匂い”に触れる

そのとき——

奥の部屋から、

かすかな呻き声が聞こえた。


「……うぅ……」


玄朔が眉を寄せた。


「やよい。

 来い」


奥の部屋には、

若い女が横たわっていた。


腹は大きく、

汗が額に滲んでいる。


やよいは息を呑んだ。


(これは……

 病の匂いと違う……

 もっと……

 深い……

 命の匂い……)


玄朔が言った。


「やよい。

 これが“産の匂い”や」


やよいの胸が震えた。


(産……

 命が生まれる匂い……)


玄朔は静かに言った。


「やよい。

 おまえはこの匂いを怖がらん。

 それは……

 産科の才がある証や」


やよいは驚いた。


(わたしに……

 産の才……?)


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◆ 玄朔の言葉

玄朔は、

やよいの肩に手を置いた。


「やよい。

 料理は命をつなぐ。

 医術は命を救う。

 産科は命を迎える」


「おまえは……

 その全部を持っている」


やよいの胸が熱くなった。


(わたし……

 そんな……

 大それた……)


玄朔は続けた。


「やよい。

 もし戦が来たら……

 御膳所は真っ先に危うい」


「だが、産科の才がある者は……

 どこへ行っても必要とされる」


やよいは息を呑んだ。


(戦……

 落城……

 逃げる……

 その先で……

 わたしは……

 医術を学ぶ……?)


玄朔は静かに言った。


「やよい。

 おまえは“生きて医を継ぐ子”や」


---


◆ 御膳所に戻ると

御膳所に戻ると、

お市がやよいの顔を見て言った。


「やよい……

 なんや、顔つきが変わったなぁ」


お澄も頷いた。


「火を見る目やない……

 命を見る目や」


宗右衛門は火床の前で言った。


「やよい。

 おまえは……

 御膳所の子であり、

 医の子でもある」


やよいは胸に手を当てた。


(わたし……

 料理と医術……

 どっちも……

 歩けるんや……)


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◆ 老いたやよいの一行

——あの日、

わたくしは初めて“産の匂い”に触れた。


料理の舌で味を見分け、

医の指で脈を読み、

匂いで病を察し、

そして——

命の匂いを感じた。


そのすべてが、

わたくしの中で一つに繋がり始めた日であった。


わたくしはその日、

“産科”という道の入り口に立ったのである。

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