第二十話 やよい、初めて“脈”を診る——玄朔が見抜いた医の才

🏯『大阪城台所所・やよい記』


第二十話 やよい、初めて“脈”を診る——玄朔が見抜いた医の才


——これは、わたくし曲直瀬やよいが、

“料理の舌”が“医の目”へと変わり始めた日の記である。


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◆ 病の部屋の空気

薬湯を配り終えた翌朝。

やよいは再び玄朔のもとへ呼ばれた。


「やよい。

 昨日の薬湯、よくやった」


玄朔の声は低く、

しかしどこか柔らかかった。


「今日は……

 もう一つ、やってもらいたいことがある」


やよいは息を呑んだ。


(また……

 病の部屋へ行くんや)


怖さはある。

でも、逃げたくはなかった。


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◆ 玄朔、やよいの手を取る

病の部屋に入ると、

昨日よりも静かだった。


玄朔は布団のそばに座り、

やよいに手招きした。


「やよい。

 この者の“脈”を診てみい」


「……脈、ですか?」


「そうや。

 手首に指を置いて、

 流れを感じるんや」


やよいは、

兵の手首にそっと触れた。


(あ……

 あったかい……

 でも、弱い)


玄朔が言った。


「どう感じる?」


やよいは迷いながらも答えた。


「……水みたいです。

 流れてるけど……

 細くて……

 どこか冷たい……」


玄朔は目を見開いた。


「やよい。

 おまえ……

 誰に脈の取り方を習った?」


「誰にも……

 ただ……

 そう感じただけで……」


玄朔は深く息をついた。


「やよい。

 おまえの“舌”は料理の才や。

 けどな——

 その“指”は医の才や」


やよいの胸が震えた。


(医の……才……?

 わたしに……?)


---


◆ やよいの“匂いの感覚”が医術に変わる

玄朔は続けた。


「昨日、薬湯を持ってきたときも思った。

 おまえは病の匂いを怖がりながら、

 ちゃんと“違い”を嗅ぎ分けていた」


「それは……

 医者の最初の才や」


やよいは驚いた。


(匂い……

 わたしがずっと感じてきた匂い……

 あれが……

 医術の始まり……?)


玄朔はやよいの肩に手を置いた。


「やよい。

 おまえは料理の才だけやない。

 医の才も持ってる」


「どっちも“命を扱う才”や」


やよいの胸が熱くなった。


---


◆ 御膳所に戻ると、宗右衛門が言った

御膳所に戻ると、

宗右衛門が火床の前で言った。


「やよい。

 玄朔様が褒めてはったな」


「……はい」


宗右衛門は火を見つめながら言った。


「やよい。

 おまえの手は軽い。

 舌は鋭い。

 鼻は利く。

 目はよく見える」


「それはな……

 料理人の才でもあるけど……

 医者の才でもあるんや」


やよいは息を呑んだ。


(料理と……

 医術……

 どっちも……

 わたしの中にある……?)


宗右衛門は続けた。


「やよい。

 おまえは“御膳所の子”やけど……

 それだけで終わる子やない」


その言葉は、

やよいの胸に深く刺さった。


---


◆ 老いたやよいの一行

——あの日、

わたくしは初めて“脈”を診た。


料理の舌で味を見分け、

医の指で脈を読み、

匂いで病を察する。


そのすべてが、

わたくしの中で一つに繋がり始めた日であった。


料理と医術は、

どちらも“命を扱う道”。


わたくしはその日、

二つの道の交わる場所に立ったのである。


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