第12話 Waiting, Still ~ただ、待ち続けて~

 ロゼは身支度を整えた。

 黒のジャケットを羽織り、動きやすいパンツにブーツを合わせる。

 砂避けのスカーフを首に巻き、鏡は見ない。


 机の上に置いた銃に手を伸ばす。

 ルガーP08。


 手入れをしたときの感触が、まだ指に残っている。

 弾を確認し、腰に収め、位置を確かめる。


 ロゼは、大きく息を吐き、部屋を出た。

 鍵を掛け、階段を下りる。


 約束の時間が近い。


 

 夜の空気は冷たく、乾いていた。

 通りに人影は少なく、足音だけが一定の間隔で続く。


 バー《エンドライン》の扉を開ける。


 カウンターの向こうで、カラエフが鍋をかき混ぜていた。

 火を見ながら、手は止めない。

 視線だけが、一度こちらを向く。


「今日は一人なのね」


 低く、少し掠れた声だった。

 ロゼはカウンターに腰を下ろす。


「水」


「はいはい」


 短く返し、グラスを置く。

 水の量は、いつも通り。


 ロゼは一口ずつ、水を減らしていく。


 壁の時計を見る。


 二十時。

 アルは来ない。


 視線を戻し、もう一口飲む。

 水は冷たく、味はしなかった。


 二十一時。

 まだ、だと思った。


 仕事が長引くことはある。

 この世界では、珍しい話じゃない。


 二十二時。

 理由は考えない。

 考える必要はないはずだった。


 少しして、ドアが開く音がした。


 ロゼは反射的に顔を上げる。

 身体が、先に反応していた。


 入ってきたのは、見知らぬ男だった。

 夜風を連れて、無言でカウンターの端に座る。


 違う。


 ロゼは視線を戻し、グラスに手を伸ばす。

 水は、もう残り少なかった。


 カラエフがグラスを拭きながら、言った。


「遅いわね」


 独り言のような声。

 誰に向けたものかは、はっきりしない。


 ロゼは答えなかった。


 カラエフはそれ以上、何も言わず、手を動かし続けた。


 店内は元の静けさに戻った。

 微かなBGMが時間だけを刻んでいく。


 二十三時。


 グラスは空になり、カウンターに薄い水の跡が残る。


「もう一杯どう?」


 シルバーの水差しを片手に、カラエフが言う。


 ロゼは首を横に振った。


「いい」


 胸の奥で、何かが動く。

 不安と呼ぶには、まだ早いが、落ち着かない。


 ロゼは時計から目を離し、カウンターの木目を見つめた。


 アルは来ない。


 それでも、来ない理由を考えるには、まだ早いと思っていた。



(つづく)

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