第9話 The Day She Fired ~撃った日~

 テーブルの上で、ロゼはルガーP08を分解していた。

 スライドを外し、銃身を抜き、部品を順に並べる。


 今回の仕事で、この銃は使っていない。

 それでも、整備は必要だった。


 布で金属を拭き、砂と油の痕を落とす。

 動作は一定で、迷いはない。


 引き金に指が触れた瞬間、手が止まった。


―――― 


 十四歳のときだった。


 ロゼとアルは、別々の路地を走っていた。

 区画は細かく分かれ、視界は短い。

 音は壁に反射し、どこからでも足音が聞こえる。


 ロゼが標的を見つけた。

 男は振り返り、目が合った瞬間に走り出す。


 追う。

 距離は詰まる。


 袋小路に追い込んだ。

 正面は行き止まり。

 左右は高い壁で、抜け道はない。


 男は立ち止まり、振り返った。

 一度、膝をつき、両手を上げる。


 口が動いていた。

 声は震え、言葉は途切れがちで、意味を成していない。

 涙と唾液で、音が濁っていた。

 命乞いであることだけは分かった。


 ロゼは数歩の距離を保ったまま、ルガーP08を構えた。

 銃口を男に向ける。


 呼吸が速くなる。

 それを抑えるために、息を一度だけ吐いた。

 膝が揺れた。

 姿勢を崩さないよう、足を踏み直す。


 男は視線を泳がせ、ロゼの後方を一瞬だけ見る。

 ロゼは、その視線につられて銃口をずらした。

 その瞬間、男の表情が変わった。


 男は素早く立ち上がり、距離を詰めてきた。

 動きは速く、迷いがない。


 懐のナイフに、手が伸びる。

 指が柄を掴み、体重を前にかける。


 ロゼはすぐに照準を直す。

 姿勢を保ち、膝の揺れを止める。


 引き金にかかった指は重かった。

 奥歯を噛みしめる。


 引き金を弾く。


 パァンッ!


 銃声が一発、袋小路に響いた。


 反動で銃身が跳ねる。

 弾は男のこめかみを撃ち抜いていた。


 ナイフが手から離れ、地面を転がる。

 男は声を出さずに倒れた。


 恐怖で引き攣ったままの表情。

 見開かれた眼球。


 地面に広がる赤は、ロゼの髪の色よりも濃かった。


 ロゼは射撃姿勢のまま動かなかった。

 銃口が壁を向いたまま震えていた。


 しばらくして、足音が近づいた。

 アルが駆けてくる。


 ロゼはその音にも反応しない。


 アルは正面に立ち、何も言わず、両手を重ねた。

 ロゼの手ごと銃を包み込み、ゆっくりと下げさせる。


 そこで、ロゼの意識は途切れた。


 その後、ロゼが放った銃弾は五発。

 五人とも、その後の人生は続かなかった。


―――― 


 ルガーP08を組み直し、ケースに収める。

 留め具を閉じた直後、外で足音がした。


 扉が開く。


 アルが戻ってきた。

 コートは汚れていて、砂と血の痕が混じっている。

 わずかに、硝煙の匂いがした。



 一瞬、ロゼの手元を見る。

 銃のケース。

 それから、視線を上げた。


「生きてたか」


 ロゼは即座に答えない。

 代わりに、足元に置いていたアタッシュケースを掴む。


「この程度のヤマで――」


 一歩踏み込み、腕を振る。


「死ぬわけねえだろっ」


 ケースが空を切り、アルの足元に転がった。

 鈍い音が一つ、床に残る。


 アルはアタッシュケースを拾い上げる。

 留め具の状態を確認し、重さを確かめる。

 問題はない。


「……グッジョブだ」


 声は低く、抑えられていた。

 褒めているのかどうかは分からない。


 それでもロゼには……

 それだけで十分だった。

 


(つづく)

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