第3話 There's no Reason ~理由はない~

 揺れで、意識が戻った。

 車の振動だった。

 硬い床の上で、身体が一定の間隔で揺れている。


 振動は単調で、切れ目がない。

 止まる気配はなく、速度も変わらない。

 音が近い。

 風切り音に、低い駆動音が混じっている。


 移動している。

 それだけは分かる。

 どこへ向かっているのかは、判断できなかった。


 身体は重い。

 指先に力を入れようとしても、思うように動かない。

 肩と背中に圧が残り、床の硬さだけが伝わってくる。

 首を起こそうとして、途中で止めた。


 無理をする必要がないことだけは分かった。


 やがて、振動が変わった。

 一定だった揺れが細かくなり、速度が落ちる。

 音が低くなり、最後に止まる。


 外の気配が一気に戻った。

 乾いた空気が流れ込み、砂の匂いが鼻を刺す。


 近くで、扉が開く音がした。

 金属が擦れ、外光が差し込む。

 視界の端が白くなり、輪郭が崩れた。


 身体に手がかかる。

 腕を掴まれ、引きずられるようにして外へ出された。

 乱暴ではないが、丁寧でもない。

 効率だけを優先した動きだった。


 足が地面に触れる。

 だが力が入らず、そのまま崩れる。

 砂が擦れ、音が近くで跳ねた。


 視界の位置が低い。


 目の前に、男が立っていた。

 背が高く、逆光で顔はよく見えない。

 身体の輪郭だけが黒く浮かび、影が地面に長く落ちている。


 男は、赤毛の少女を見下ろしている。

 距離は近い。

 ただ、見下ろしているだけだった。


 しばらく、何も起きない。

 風が砂を動かし、遠くで金属が鳴る音がする。

 周囲の音だけが、ゆっくりと戻ってくる。


 低い声が落ちてきた。


「このままだと、もたない」


 短い言葉だった。

 それ以上は、何も付け加えられない。


 赤毛の少女は、すぐには動かなかった。

 息を一つ吐き、喉を鳴らす。

 声は出ない。

 唇だけがわずかに動いた。


 首が、ゆっくりと動く。


 顔を左右に振った。

 大きく目を見開いて。

 力の限り、顔を左右に振る。


 理由は、なかった。


 男は、その動きを見ていた。

 確認するように、一拍置く。


「じゃあ、ついて来い」


 それだけ言うと、男は向きを変えた。

 振り返らず、歩き出す。

 足音は一定で、速度も変わらない。


 男の背中が、遠ざかっていく。


 赤毛の少女は、男の足音を追った。



(つづく)

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