第3話 依頼(1/3)

 午後の空は、高すぎず低すぎず、曖昧な色をしていた。


 真壁来人は、住宅街の歩道を歩いていた。


 肩のホルダーに収まった瑠璃色の小鳥が、時折、首を傾ける。


「マスター」


「ん?」


「先ほどの電話で、マスターは相手を『おじさん』と呼んでいました。

 血縁関係のある年上の男性を指している、という認識で間違いありませんか?」


「……ああ」


 来人は、前を見たまま答えた。


「最後に会ったのは五年前だ。

 親戚が亡くなったとき、葬儀場で顔を合わせた」


「頻繁な交流は、なかったと」


「冠婚葬祭以外で会ったことはない。

 その程度だ」


 チカは一拍置き、淡々と続ける。


「これから依頼者に会う前に、通話内容を整理しておきます」


「失踪した少女は、依頼者の孫」

「少女の母は三年前に離婚。娘を連れて実家に戻り、母子と祖父母の四人で同居」

「失踪当時、母は仕事で海外に滞在中」

「そのため、祖父から依頼の電話があった」


「以上ですが、認識に相違ありませんか?」


「問題ない」


 二人は住宅街の角を曲がった。


 同じような家が並ぶ、どこにでもある通りだ。


「警察には、すでに相談済みですね」


「ああ」


「警察は『事件性なし』と判断し、

『一週間ほど様子を見ましょう』との回答だった。

 通話内容から判断すると、そう理解しています」


 チカはわずかに首を傾ける。


「孫娘が失踪し、不安を抱えている高齢者への対応としては、

 冷淡に感じられます。

 元警察官としての見解を確認したいのですが」


 来人は、少しだけ言葉を選んだ。


「置き手紙があった。

『友達に会いに行く。すぐ帰るから心配しないで』と」


 歩調を崩さず、続ける。


「スマートフォンと財布は、部屋には残っていなかった」


「その状況であれば、警察は事件性なしと判断せざるを得ない、

 ということですね」


「……そういうことだ」


「それでも、母親が不在の状況で孫娘が失踪し、

 動揺している祖父母に対して、

 もう少し踏み込んだ対応は考えられなかったのでしょうか」


 来人は、小さく息を吐いた。


「面倒だから動かないわけじゃない」


 少しだけ、声が低くなる。


「優先順位の高い案件が、

 常に目の前に積み上がってるんだ。

 警察は、そういう場所だ」


 言いながら、来人は警察官だった頃の自分を思い出していた。


「……警察の話は、もういい」


 わずかに硬い声だった。


 チカは、来人の口調、視線、

 顔の筋肉の緊張、脈拍と血圧の変化を総合し、

 不快感と未整理の感情を検知する。


「了解しました。

 以後、警察に関する話題は極力避けます」


 そう判断し、チカは内部データを更新した。


「いや……お前が謝ることじゃない」


 来人は、少し間を置いて言った。


「乗り越えるのに、

 時間がかかってるだけだ」


 そう答えながらも、

 自分がまだ納得できていないことを、

 来人は自覚していた。


 依頼者の話では、

 少女にこれまで家出の経験はなかったという。


 失踪につながりそうな出来事にも、

 祖父母には心当たりがない。


 少女が嘘をつくとは思えない。


 友達に会いに行く、という言葉も本心だろう――

 祖父はそう話していた。


 穏やかで、優しい性格の子だ。


 突発的な行動を取るようなタイプではない、とも。


 それでも――


 家出してまで会いに行かなければならなかった理由が、

 祖父母には分からなかった。


 多感な十四歳だ。


 心の内に抱えているものは、

 外からは見えない。


 来人は思う。


 ――突然、友達に会いに行かなければならなかった理由を、

 俺は見つけられるだろうか。


 歩いているうちに、

 目的の家が見えてきた。


 古いが、

 丁寧に手入れされた一軒家だ。


 門の前で、来人は立ち止まる。


「……ここだ」


 チカが、周囲を静かにスキャンする。


「外見上の異常はありません」


「最初は、いつもそうだ」


 来人はそう言って、

 インターホンに手を伸ばした。

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