第51話

 玉座の間は、夜にもかかわらず灯りが落とされていなかった。


 重厚な魔力灯が静かに燃え、天井の紋様を浮かび上がらせている。

 その中央。


 魔王は玉座に腰掛け、腕を組んだまま動かなかった。


 その視線の先にいるのは――

 リリアと、シオン。


「……座れ」

 低く、命令に近い声。


 けれど、そこに怒鳴るような荒さはない。


 リリアは素直に椅子へ、シオンは一瞬だけ逡巡してから従った。

(……空気、重っ……)


 シオンは喉を鳴らす。


 魔王の視線が、刺すように向けられていた。

 ――嫌悪。

 ――警戒。

 ――そして、はっきりとした“不快感”。


(……やっぱり、そうだよな)

 可愛い娘のそばに、正体不明の少年。


 それだけで、快く思う父親などいない。

「……シオン・アルテミス」


 名を呼ばれた瞬間、空気が一段、重くなる。

「お前の血が、今夜、目覚めた」


 断定だった。

「……やっぱり、そうなんですね」


 シオンは静かに答えた。


 痛みを思い出すだけで、胸の奥がひくりと疼く。


 魔王は、その様子を見逃さなかった。

「13歳」


 指を一本立てる。

「その年齢で発現する血筋は、極めて限られている」


 そして、ゆっくりと言葉を落とした。

「――世界の調停者」


 リリアの肩が、わずかに揺れた。

「……それって……」


「簡単に言えば」

 魔王は視線を外さずに続ける。


「世界が傾いたとき、

 勇者でも、魔王でも、神でもなく

 “均衡そのもの”に選ばれる存在だ」


 玉座の間が、静まり返る。


 シオンは息を呑んだ。


「勘違いするな」

 魔王の声が、ぴしゃりと空気を切る。


「それは祝福ではない」

「むしろ、呪いに近い」


 リリアが思わず立ち上がる。

「お父様……!」


 魔王は、娘を見ると一瞬だけ表情を緩めた。

「リリア、お前に向けている話ではない」


 そして再び、シオンへ。

「調停者は、望まぬ争いに引きずり出される」


「世界が歪めば、否応なく呼ばれる」


「逃げることはできん」


 シオンは拳を握りしめた。

(……だから、あんな痛みが……)


「では、なぜ今まで黙っていたと思う?」

 魔王は、低く笑う。


「――お前が、何者でもなかったからだ」

 はっきりとした言葉。


 突き放すようで、しかし事実だけを述べている。

「力が目覚める前の調停者は、ただの人間だ」

「殺す理由も、守る理由もない」


「……じゃあ、今は?」

 シオンの問いに、魔王は即答しなかった。


 代わりに、立ち上がる。


 一歩。

 また一歩。


 巨大な存在が、目の前に立つ。

 圧倒的な魔力。


 威圧。

 それでも――


「今は」

 魔王は、低く告げた。

「――リリアの傍にいる存在だ」


 リリアの瞳が、大きく揺れる。

 シオンも、息を忘れた。


「勘違いするな」

 魔王の声に、鋭さが戻る。


「私は、お前を気に入ってなどいない」

「むしろ嫌悪している」

「娘を狙う、得体の知れん男だ」


「だが」


 魔王は続けた。


「お前が“世界”に必要とされる存在なら」

「私が排除する理由も、ない」


 しばしの沈黙。

 そして、最後に。


「覚えておけ、シオン・アルテミス」

「もし、お前が」


 一瞬、魔力が膨れ上がる。

「――リリアを傷つける未来を選ぶなら」


「世界の調停者であろうと、容赦はしない」

 それは、脅しではなく――


 宣告だった。

 シオンは、ゆっくりと頭を下げる。


「……はい」

(……怖すぎるけど)

(……それでも)

(この人が、リリアのお父様なんだ)


 リリアは、そっとシオンの袖を掴んだ。

 その小さな仕草に、魔王の視線が一瞬だけ柔らぐ。


「今日は休め」

「覚醒直後だ。無理をすれば、次は命に関わる」


 そう言い残し、魔王は踵を返した。

 玉座の間に残された二人。


「……ねぇ、シオン」


 リリアが小さく言う。

「痛かった?」


 シオンは一瞬迷ってから、笑った。

「……正直、死ぬかと思った」


 リリアは、きゅっと唇を噛んでから――

 彼の手を、強く握った。


「……そばにいるから」

 その言葉が、

 どんな魔法よりも、シオンの胸を締め付けた。 魔王城の東翼、光が差し込む書斎の窓辺で、13歳のリリアは小さな光の球を手のひらで回していた。


 髪には青と銀の華やかな飾りが結わえられ、光を受けてちらちらと輝く。


 肩より少し下まで伸びた薄茶色の髪は軽やかに揺れ、以前よりも大人びた雰囲気を醸し出していた。


「シオン、次はこの光の玉を防御陣形に応用してみよう」


 声には子どもらしい天真爛漫さは残っているが、以前のような単純な無邪気さだけではなく、考えながら話す落ち着きも加わっている。


 シオンは庭の石段に立ち、身長が伸びて大人びた体格になったが、見た目のあどけなさはそのまま残っている。


「……わかった。じゃあ、俺は陣形の構築を手伝う」


 シオンは慎重に光の玉の動きを予測し、陣形の配置を考えている。


 彼は魔法自体はまだ触れられないが、理論的に組み合わせることに取り組んでいた。


 一方のリリアは、主に光と風の属性魔法を応用して防御陣形を作る練習。回復魔法も同時に組み込むことで、戦場でも即応できるように訓練している。


 庭には小さな光の球が浮かび、風に揺れる葉のようにゆらゆらと動く。

「ふふ、いい感じに揺れてるね!」


 リリアは微笑み、シオンに目線を向けた。

「シオンも手伝ってくれるともっと上手くいくよ」


「もちろんだ」


 骨たちは少し離れたところから、カタカタと笑いながら見守る。

「お嬢様、今日も素晴らしい動きです」


「ありがとう、みんな!」

 リリアは手の中で光の玉をくるくると回し、陣形の中心に置く。


 シオンは身長が伸びた分、手元の陣形の微調整もスムーズになり、以前よりも頼もしくなった自分を感じる。


「ふふ、これで防御も回復も同時にできるね!」

 リリアの笑顔に、胸がぎゅっとなるシオン。


 朝の光と風、光の玉が揺れる庭、リリアの成長した姿、そしてシオンの大きくなった背。

 魔王城の生活は、13歳になった二人にとって、尊く胸が締め付けられる日常で満ちていた。


 庭の端で見ていた魔王は、シオンのことをよく思っていないが、シオンを追い出したらリリアが悲しむこともわかっていたのでなんやかんやずっと遊ぶのを許可している

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