第50話
その夜は、やけに静かだった。
魔王城の回廊を渡る風の音も、骨たちの足音も、どこか遠く感じられる。
シオンは自室の寝台に腰を下ろし、胸の奥に違和感を覚えていた。
(……おかしい)
息を吸うたび、心臓の奥がきゅっと締め付けられる。
痛み、というほど明確ではない。
けれど、確実に“何か”が内側で蠢いていた。
「……っ」
指先が震える。
額から、じわりと汗が滲んだ。
昼間までは、何ともなかった。
リリアと庭で話し、魔法の陣形を組み、いつも通りの一日だったはずなのに。
(……なんだ、これ……)
次の瞬間。
胸の奥で、何かが弾けた。
「――――っ!!」
息が、詰まる。
心臓を内側から握り潰されるような感覚。
全身を、怒涛の痛みが駆け抜けた。
骨が、筋が、内臓が――
すべてが同時に悲鳴を上げる。
(い、たい……っ、息が……)
視界が歪み、床に手をつく。
心臓が、張り裂けそうに脈打つ。
まるで、“まだ小さな器に、無理やり何かを流し込まれている”ような感覚。
「……ぐ……っ」
声にならない呻きが漏れる。
逃げたい。
やめてほしい。
本能がそう叫ぶのに、身体は逃がしてくれない。
(……これが、俺……?)
そのとき。
回廊の向こうで、足音が止まった。
「……シオン?」
扉の向こうから、リリアの声がする。
いつもより、少し落ち着いた声。
けれど、確かに心配が滲んでいた。
「……今、変な感じがして……」
返事をしようとして、声が出ない。
代わりに、痛みがさらに強くなる。
心臓が、限界まで膨張し――
「――――っ!!」
世界が、一瞬、白く弾けた。
その瞬間。
シオンは“耐える”ことを選んだ。
叫ばず、逃げず、意識を手放さず。
ただ、歯を食いしばり、身体の奥を流れる何かを受け入れる。
(……負けるか……)
(……ここで、終われない……)
どれほどの時間が経ったのか、わからない。
やがて、痛みは――
嘘のように、引いた。
荒い呼吸の中で、シオンはゆっくりと顔を上げる。
身体は重い。
けれど、さっきまでとは違う。
胸の奥に、静かで、深い“核”のようなものを感じていた。
「……?」
そのとき、扉が開く。
「シオン!」
駆け寄ってきたリリアの瞳が、彼を映す。
そして、息を呑んだ。
「……なんか……違う」
リリアは、無意識にそう呟いていた。
その直後。
城全体に、ぞわりとした圧が走る。
遠くで、低く、重い声が響いた。
「――――目覚めたな」
魔王だった。
その赤黒い瞳は、城のどこにいようと、確かにシオンを捉えている。
(……やはり、13か)
(……世界の均衡が、動き出す)
まだ、誰も知らない。
この夜を境に、
シオン・アルテミスという存在が――
“世界にとって無視できない存在”になったことを。
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