第44話

 谷の陰から、シオンはゆっくりと足を進めた。


 岩や小枝に気をつけながら、魔王城の入り口に近づく。

「……ここまでか。失礼しないようにな」


 警戒心を忘れず、声を出さずに動く。


 でも、心の奥底で――リリアを、あの光景を、もっと近くで確かめたいと思っていた。


 城の中庭では、リリアが骨たちと魔法の練習をしている。


 杖を振るたびに小さな光の玉が弾け、ふわりと宙に舞う。


「ふふ、やっぱり面白いね! みんな、見て見て!」

 天真爛漫な笑顔が、骨たちの心を和ませる。

「お嬢様……相変わらず元気ですね」

「うん、今日はいっぱい遊ぶんだ!」


 リリアの明るさは、谷から見ているシオンの胸に小さな衝撃を与えた。

 シオンはそっと中庭の角まで近づく。


「……誰もいないな、ここなら少し話せるかもしれない」

 慎重に体を隠しながら、一歩、また一歩と進む。


 そして、リリアがちょうど魔法の玉を拾い上げた瞬間――

「わっ!」


 光の玉が跳ねてシオンの足元に落ちた。


 思わずシオンは「えっ」と声を漏らす


 リリアは振り向き、目が合った。

「わあ……こんにちは!」


 天真爛漫な声に、シオンは一瞬で息を呑む。


 少女――リリア。


 薄茶色の髪、ピンクがかった赤い瞳、小柄ながら光を帯びた雰囲気。

 警戒心と同時に、なぜか胸が高鳴る感覚を覚えた。


「……こんにちは」

 ぎこちなく答えるシオンに、リリアはにっこり笑う。


「遊びに来たの? 魔王城の中には入れないけど、ここなら大丈夫だよ!」

「……いや、遊びに、では……」


 シオンは警戒心を保ちながらも、リリアの無邪気な笑顔に心をほぐされる。

「……あの、君は……?」


「私はリリア。あなたは?」

「……シオン……シオン・アルテミスだ」


 二人の名前が交わされた瞬間、谷の風がやさしく吹き、時間が少しだけ止まったように感じた。


 リリアは小さな手で光の玉をシオンに差し出す。

「これ、落としちゃったでしょ? 返すね!」


 シオンは少し戸惑いながらも受け取る。

「……ありがとう」


 その声に、リリアはくすくすと笑う。

「ふふ、いいのいいの。私は、誰とでも仲良くなりたいんだ!」


 無邪気な笑顔と天真爛漫さに、シオンの警戒心は少しずつ溶けていった。

 骨たちは少し離れたところから、静かに見守る。


「お嬢様……新しいお友達ですか?」

「うん、たぶん!」


 リリアの笑顔に、骨たちもカタカタと笑う。


 魔王城の外で苦労して生きてきたシオンにとって、初めての温かさ、そして初めて心を揺さぶられる瞬間だった。

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