第8話

食事の時間だ、と言われた。

正確には、


「食事の準備が整いました!」

と、骨たちが騒ぎ出した。


リリアは、ベッドから降ろされ、椅子に座らされていた。

足は、やっぱり床に届かない。


目の前に置かれたのは、大きなテーブル。

その上には、ずらりと並んだ料理。

湯気の立つスープ。

焼きたてのパン。

色とりどりの野菜。


――多い。

明らかに、一人分ではない。


「……多すぎない?」

思わず、そう口にすると。


「成長期ですから!」

「いっぱい食べてください!」

「骨は食べられませんので代わりにどうぞ!」

骨たちが、一斉に答えた。


誰も、疑問に思っていない。


魔王は、少し離れた場所に立っている。

腕を組み、難しい顔。


「……人間は、食事が必要なのだろう」

確認するような口調だった。


「はい! 必須です!」

「食べないと弱ります!」

「泣きます!」


最後の一言だけ、やけに力強かった。

魔王は、眉をひそめる。


「……そうか」

それだけ言って、

リリアの向かいの席に座った。


座っただけ。

食べる様子は、ない。


「……お父様は?」

リリアが聞くと。


「私は、食べない」

短く、即答。


「……そっか」

それ以上、何も言わなかった。


理由を聞こうとは、思わなかった。


リリアは、スプーンを手に取る。

少し重い。


でも、口に運ぶと――

「あ……おいしい」

思わず、声が出た。


骨たちが、ざわつく。

「今、可愛いって言いました?」

「言ってません! おいしいです!」

「声が可愛いです!」


魔王は、無言でそれを聞いていた。


視線は、リリアの手元。

ちゃんと食べているか。

こぼしていないか。

むせていないか。


その視線は、

王国で向けられていたものとは、まるで違う。


リリアは、気づいていない。

けれど、骨たちは気づいていた。


「……完全に保護対象ですね」

「もう逃げられませんよ、魔王様」

「家族です、家族」


魔王は、聞こえないふりをする。

けれど、否定もしなかった。


食事が終わる頃。


リリアは、お腹いっぱいになっていた。

「……もう、たべられない」


そう言うと。

「無理しなくていいですよ!」

「残りは下げます!」

「全部食べなくても価値は下がりません!」


その言葉に、

リリアは少しだけ目を丸くした。


価値。


それは、王国でずっと向けられてきた言葉。


ここでは。

それを、食事と結びつける人はいなかった。


魔王は、立ち上がる。

「……今日は、もう休め」


そう言って、

リリアを抱き上げた。


最初より、少しだけ自然な動き。

「……お父様」


呼ぶと。

「……だから、違う」

そう言いながら。


否定は、

やっぱり少し弱かった。


骨たちは、

その背中を見送りながら、

カタカタと笑っていた。

魔王城の夜は、静かだ。


でも。

その静けさは、

孤独とは、少し違っていた。

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