第7話

 魔王城は、遠くから見ると禍々しかった。


 黒い石で組まれた巨大な城壁。

 空に突き刺さるような尖塔。

 近寄るだけで呪われそうな雰囲気。


 けれど――中に入ってみると、少し違った。


「こちらへどうぞ!」

「段差ありますよ! お嬢様!」

「転ばないでくださいね!」


 ……うるさい。


 声の主は、骨だった。

 全員、骨。

 鎧を着た骨、

 エプロンをつけた骨、

 なぜか帽子をかぶっている骨。


 ガチャガチャ、カタカタと音を立てながら、

 やけに楽しそうに動き回っている。


 リリアは、魔王に抱かれたまま、城内を運ばれていた。


 高い天井。

 広い廊下。

 暗いけれど、不思議と寒くない。


「……ここが、城だ」

 魔王が、ぽつりと言う。


 それだけの説明だった。


 骨たちが、ざわつく。

「説明、雑すぎませんか!?」

「もう少し優しく!」

「初めてのお城ですよ!?」


 魔王は、眉をひそめた。

「……うるさい」


 そう言いながらも、

 歩く速度は、ほんの少しだけゆっくりになっていた。


 通された部屋は、広かった。

 大きなベッド。

 分厚いカーテン。

 石造りなのに、どこか柔らかい雰囲気。


「……ここを使え」

 短い指示。


 魔王は、リリアをそっとベッドに下ろした。


 投げるでもなく、置くでもなく、

 慎重すぎるくらいの動作だった。


 骨たちが、一斉に息を呑む。

「やさしい……」

「魔王様が……」

「抱き方、完全に初心者ですね……」


「黙れ」

 魔王の一言で、骨たちは一斉に口を閉じた。


 ……が、次の瞬間には、

 骨同士でカタカタ何かを言い合っている。


 リリアは、ベッドの上に座った。

 足は、床に届かない。


「……」

 何を言えばいいのか、分からない。


 ここがどこで、

 この人が誰で、

 これからどうなるのかも。

 でも。


 不思議と、怖くはなかった。


 魔王は、しばらくリリアを見ていた。

 そして、少しだけ視線を逸らす。


「……泣くな」

 命令のようで、


 でもどこか、困った響き。


 リリアは、首を振った。

 もう、泣いていなかった。


 代わりに。

 ぽつりと、言葉が零れる。

「……お父様」


 一瞬。

 城の中の音が、止まった。


 骨たちが、完全に静止する。

 カタカタ音すらしない。

 魔王が、固まった。


「……違う」

 低い声。


「私は、お前の父ではない」

 その言い方は、やけに真面目だった。


 リリアは、少し考える。

 王国では、

 父のことをそう呼んでいた。


 だから、同じように呼んだだけ。

「……お父様?」

 もう一度。


 魔王の眉間に、深い皺が寄る。


 けれど、怒ってはいない。

「……だから、違うと言っているだろう」

 そう言いながら。


 なぜか、その場を離れなかった。

 骨たちが、こっそり囁き合う。


「照れてますね」

「完全にですね」

「否定の仕方が弱いです」


 魔王は、聞こえていないふりをした。


 リリアは、ベッドの上で小さく笑った。


 初めての場所。

 初めての人たち。

 初めての、ちゃんとした温度。


 ――ここなら。

 そう思ってしまった自分に、

 少しだけ驚きながら。


 魔王城での生活は、

 こうして静かに――


 けれど確実に、始まった。

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