第6話
闇は、思ったよりも冷たくなかった。
風の音が遠ざかり、
体が宙に投げ出されている感覚だけが続く。
――あれ。
――まだ、生きてる?
そんなことを考える余裕がある自分に、少し驚く。
怖いはずなのに、意識は妙に澄んでいた。
そのとき。
下から、何かが伸びてきた。
黒い影。
けれど、それは闇そのものではなかった。
「……確保」
低く、硬い声。
次の瞬間、
リリアの体は、何かに包まれていた。
衝撃は、なかった。
落下の感覚も、消えている。
代わりに、
不思議と安定した浮遊感。
「……生きているな」
「はい。人間の子供です」
声が、複数聞こえる。
でも、どれも人間のものとは少し違っていた。
リリアは、ゆっくりと目を開ける。
視界に映ったのは――骨だった。
完全な骨。
でも、鎧を着て、きちんと立っている。
――……あれ?
驚くより先に、
なぜか「安心」が先に来た。
骨は、ガチャリと音を立てて頷く。
「問題ありません。外傷なし」
「……そうか」
次の瞬間。
リリアの視界が、別の存在で覆われた。
背が高い。
圧倒的に高い。
黒い髪。
伸ばしっぱなしのそれは、
雑に三つ編みにされている。
赤黒い瞳が、こちらを見下ろしていた。
煮えたぎるような色。
威圧感。
本能的に、
「逆らってはいけない存在」だと分かる。
――ああ。
――この人が。
前世の記憶のどこかで、
聞いたことのある言葉が浮かぶ。
魔王。
「……人間の子供か」
低い声。
感情は、読み取れない。
骨たちが、一斉に跪く。
カタカタと音を立てながら。
「魔王様、崖の下にて発見しました!」
「捨てられた形跡ありです!」
「かなり小さいです! 可愛いです!」
最後の一言だけ、
少しだけテンションが違った。
魔王は、何も言わない。
ただ、じっとリリアを見ている。
その視線は、
王国で向けられてきたものとは、明らかに違っていた。
評価でも、失望でもない。
ましてや、無関心でもない。
ただ――
困惑。
「……なぜ、泣いている」
そう言われて、リリアは気づく。
自分が、声もなく泣いていたことに。
理由は分からない。
ただ、ここまで耐えていたものが、
一気に溢れてきただけだった。
魔王は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと腕を伸ばす。
「……抱くぞ」
誰に言うでもなく、そう言って。
次の瞬間。
リリアは、初めて――
誰かに、ちゃんと抱き上げられた。
固い。
筋肉の感触。
でも、不思議と揺れない。
「……軽いな」
ぽつりと呟く声。
骨たちが、ざわつく。
「抱きました……」
「魔王様が……」
「これは事件では……?」
そんな声が、遠くで聞こえる。
リリアは、魔王の胸に顔を埋めた。
温かい。
ちゃんと、生きている温度。
――ああ。
――ここは、怖い場所のはずなのに。
なぜか。
初めて、
「落ち着く」と思ってしまった。
魔王は、それ以上何も言わなかった。
ただ、離さなかった。
そのまま、
禍々しい城――魔王城へと、
リリアは連れて行かれることになる。
それが、
リリア・オルテンシアの人生が、
本当に始まった瞬間だった。
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