第十一話 触達
その日も、
横断歩道だった。
雨が降る夕方。
信号待ち。
車の音。
彼女は前を見ていなかった。
考え事をしていたのか、
スマホを見ていたのか、
理由は分からない。
ただ、
一歩、踏み出しかけた。
赤だ。
それを見た瞬間、
身体が先に動いた。
「待って!」
同じ言葉だった。
考える前に、
口から出ていた。
俺は、
彼女の腕を掴む。
今度は、
はっきりとした感触。
体温。
骨の硬さ。
生きている重さ。
次の瞬間、
車が通り過ぎる。
風圧が、
二人の間を抜けた。
彼女は振り返り、目を見開いていた。
「……え?」
心臓の音が、一瞬高鳴る。
自分の手を見た。
彼女の腕を掴めている。
確かに、届いている。
「すみません……」
少し震えた声で言う。
「今……」
言いかけて、
「前にも、
同じことがあった気がして」
背中に、
冷たいものが走った。
「ここで。同じ声で‥。」
一瞬、視界の端で、黒い霧が揺れた。
その時、俺は理解した。
声をかけ、引き留めたのは
――死神だった自分自身だ。
「……気のせいですよ」
そう言いながら、掴んでいた手を離す。
でも腕にはまだ俺の指の跡が残っているだろう。
「でも」
彼女は、
横断歩道を見つめたまま、
小さく言った。
「今回は、
ちゃんと触れましたよね」
俺は一瞬、彼女が何を言っているのか
わからなかった。
「‥‥。」
答えられなかった。
信号が、青になり人々が歩き出すと
二人も同時に歩き出した。
知っている。
これは、初めてではない。
だが、初めて、終わらせなかった瞬間だ。
黒い霧は、もう現れなかった。
代わりに影が伸び、再び
青信号が点滅を始めた。
正か。否か。人の死を「数」として認識できる力を持つ、警察官の〈俺〉。 それは選ばれた能力ではなく、 均衡を保つために“与えられた役割”だった。 seragi @seragi
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