第6話 聖女の進軍

「不落」の盾を塵にされ、騎士団が恐怖に凍りつく中、王子クロヴィスは泥の中に深く両膝をつきました。

 王族としての誇りすら忘れ、一人の敬虔な信徒として、震える声で頭(こうべ)を垂れます。

「ああ……神よ……。我が主よ、感謝いたします。……恐れながら、天の御使い様。どうか、愚かな我らをお許しください。そして、この滅びゆく国に……どうか、その慈悲の手を差し伸べてはいただけないでしょうか」

 その言葉には前世の野心家の面影はなく、ただ純粋に「国を救いたい」と願う一人の青年の切実な祈りが宿っていました。


 マリエールは、泥に額を擦り付けんばかりの王子を、冷徹なサファイアブルーの瞳で見下ろしました。

 彼女は彼が差し出す「崇拝」を安易に受け入れず、まず真っ先に、国を救うための現実的な楔を打ち込みます。

「面を上げなさい、クロヴィス王子。あなたが私に神の奇跡を見たというのなら、私もあなたに問いましょう。……あなたは、この国を救うために自らの血を流す覚悟がありますか?」

 クロヴィスが息を呑み、天を仰ぐように彼女を見つめると、マリエールは凛とした声で条件を突きつけました。

「私があなたと共に歩む条件は二つあります。一つ、レヴィオン全土の民に課された過酷な税を、直ちに軽減すること。戦争の火に焼かれ、飢えに苦しむ民に、まず生きる術を与えなさい。民が死に絶えた後に残る玉座など、神の目にはただの瓦礫に過ぎません」


 マリエールは、腰を抜かして震えている騎士へと視線を転じました。

 その冷ややかな眼差しに、騎士は蛇に睨まれた蛙のように硬直します。

「二つ。軍の規律を正しなさい。民を、そして女を辱めるような者を、二度と私の視界に入れないこと。……神の剣は敵を討つためだけにあるのではありません。この国を内側から腐らせる毒を、容赦なく切り捨てるためにもあるのです。……聞き届けられますか?」


マリエールの瞳孔に浮かぶ青い光が、神のエネルギーが、静かに沈んでいきます。

 彼女はもはや、一人の農家の娘ではありません。

クロヴィスは自分より遥かに年若く、背の低い少女から発せられる圧倒的な「神威」に、ただただ圧倒されていました。

「……承知いたしました。その仰せ、我が命、そして王家の名に懸けて果たしましょう。ヴァル・ド・ロゼに舞い降りた、我が国の救世主よ。今日この日より、我が剣は貴女と共にあります」

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