第7話 前世の叫び
村の広場での騒乱が嘘のように、農家の夜は静かでした。
マリエールは両親と5人の兄弟たちと共に、最後となる食卓を囲んでいます。
目の前にあるのは、石のように硬く干からびたパンの一欠片と、お湯のように味の薄いスープ。
「姉貴が神様に選ばれたなんて、今でも信じられないよ」
弟が自分のパンを半分、マリエールの皿へそっと移しました。
その無垢な優しさが、今の彼女には毒を塗った刃のように突き刺さります。
前世、彼女が課した重税のために、この村の多くの家族がこのスープさえ啜れずに餓死していったことを彼女だけが知っているからです。
家族が寝静まった後、一人横になったマリエールの脳裏に、濁流のような記憶が溢れ出しました。
前世
14歳の時、彩雲を見て「私は選ばれた」と思い込み、何も持たずに王都へ向かった。
次の戦の結果を「予言」したのも、ただの当てずっぽう。
聖女審査で王子クロヴィスを見抜いたのも、彼が付けていた宝飾品のあまりの高級さに気づいただけ。
そんな子供騙しの「知恵」を、世間は「奇跡」と呼び、彼女を偶像へと祭り上げました。
司令官として英雄となった私は、臣下たちの甘言に乗り、民が飢えていると知りながら宝石と絹に溺れました。
そして記憶は、最も暗い結末へと辿り着きます。
敵軍に捕らえられた彼女が引きずり出されたのは、占領された自国の城の中庭でした。
目の前には、彼女を救いに来た軍勢ではなく、自国の民がいました。
かつて彼女を「救世主」と崇めた人々が、重税と飢餓の恨みを込めて、彼女に石を投げ、口を極めて罵声を浴びせます。
「死ね! 偽聖女!」
「我らの家族を返せ!」
火刑台に縛り付けられ、足元に火が放たれる直前。
敵将が、一通の書簡を彼女の目の前に突きつけました。
「見ろ。これが貴女が愛し、尽くした夫――クロヴィス王子の答えだ」
そこには、紛れもない夫の筆跡でこう記されていました。
『その女の身代金は一文たりとも支払わない。……殺せ』
「あぁ……っ」
暗闇の中で、マリエールは声を漏らして震えました。
熱い。熱い。肉が焼ける熱さよりも、愛した男に捨てられ、守るべき民に呪われながら死んでいった、あの魂の焼けるような屈辱。
マリエールは起き上がり、窓の外の霧深いヴァル・ド・ロゼを見つめます。
(クロヴィス。今のあなたは、まだあの手紙を書くような男ではないでしょう。……でも、私の「罪」は消えない。私はあなたを許さないし、あなたに甘える自分も、二度と許さない)
今世の彼女は、本物の神威をその手に宿しています。
けれど、彼女が何よりも恐れているのは、敵軍でも火刑でもなく、「民に呪われるような自分」に戻ることでした。
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