第2話 泥濘の目覚め
冷たい雨がマリエールの頬を叩く。
「……生きている?」
意識が戻った場所は火刑台でも天界でもなかった。
泥の臭いと家畜の匂いが混じる、レヴィオン王国の辺境。
今の自分は、貧しい農家の三女でしかない。
前世の記憶が確かなら、今日は私が「啓示」を受けたと思い込んだ日だ。
あの時は、嵐の去り際の不思議な彩雲を見て、子供らしい万能感から自分を特別な存在だと信じ込んでしまった。
……ただの自然現象を。
だが、今の私は知っている。
火刑台の炎の中で聞いたあの声と、右手に残る熱い感触。
あれは空想などではない。
マリエールは家族の目を盗み、ずぶ濡れになりながら村外れの深い森へと向かった。
誰にも見られてはならない。
もし失敗すればただの狂った娘だ。
「……ウリエル様、どうか」
心の中で願う。
すると、彼女の右手に純白のエネルギーが収束し1.4メートルの光り輝く『ウリエルの剣』が音もなく顕現した。
マリエールはその美しさに息を呑み、目の前にある大人三人がかりでも抱えきれないような大樹の幹へ、その剣を横に一閃させた。
しかし――。
「え……?」
手応えが、全くなかった。
空気を振ったような感覚。
剣は大樹を通り抜けたはずなのに、幹には傷一つ付いていない。
直後、手の中の光が霧のように消えていく。 「なーんだ、切れないわね……」
マリエールはがっくりと肩を落とした。
「やっぱり、死の間際に見せた都合のいい幻だったのかしら。
私はどこまでもおめでたい女……」
期待が大きかった分、落胆が胸を突く。
彼女が自嘲気味に背を向け、歩き出そうとした
――その刹那だった。
ズ、ズズ……。
背後で不気味な地鳴りのような音が響く。
振り返ると、先ほどまで微動だにしなかった大樹が、切断線に沿ってゆっくりと滑るようにズレ始めていた。
あまりにも鋭く切断されたため、樹木自体の重みで均衡を保っていただけだったのだ。
「うそ……、ああっ!」
自重で傾いだ数トンの巨木が、逃げ場のないマリエールの方へと倒れ込んでくる。
反射的に彼女が左手を掲げると、そこには薄い青みがかった透明なエネルギー体が展開されていた。
それは、宝石のサファイアを極限まで透かしたような、あるいは理(ことわり)そのものを物質化したような、この世の何よりも美しい半透明の半球体。
ウリエルの盾。
轟音と共に大樹が激突する。
しかし、マリエールは揺らぎすらしない。
盾に触れた大木の幹は、目に見えない絶対的な断絶に阻まれ、彼女の周囲を避けるように砕け散った。
「……信じられん。あの青い光は何だ」
その光景を、数十メートル先の茂みから凝視している者たちがいた。
狩猟を楽しんでいたリュシアン王家の王子クロヴィスとその側近たちだ。
彼らは見た。
あどけない農家の少女が、手にした「光」で大樹を断ち、倒れくる巨木を「天上の色を帯びた透明な障壁」で防ぎきったところを。
それは魔法などという言葉では片付けられない、紛れもない「神の奇跡」そのものだった。
クロヴィスは、茂みの中で低く喘ぐように呟いた。
「……見ろ。あの透明な輝き……あれこそが、本物の『神の使い』だ」
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