第5話 裁きの席――それは静かに始まる
四十九日の法要が終わり、親戚たちが三々五々に帰っていく。
私は指定したメンバーだけを、実家の応接間に引き止めた。
古い柱時計が、ボーン、ボーンと重苦しい音を立てている。
テーブルを挟んで向かい側に座ったのは四人。
従姉妹の真紀子と、その夫の健二。
そして、健二の両親である義父と義母だ。
当事者である翔太は、隣の部屋でゲームをさせている。
「……それで? わざわざ私たちまで呼び出して、何の話ですかな」
口火を切ったのは、義父だった。
地元の名士気取りの老人だが、その表情には隠しきれない苛立ちが滲んでいる。
「玲奈さん、でしたね。お祖母様の葬儀でお疲れなのは分かりますが、私たちも暇ではないんですよ。孫の翔太が、あなたのオモチャを壊したとか?」
義母もまた、呆れたようにため息をついた。
「これ、有名店のお菓子です。これで手打ちにしましょう。真紀子さんからも聞きましたよ? 随分と古汚い……いえ、古いお人形だったとか。寿命だったんじゃないんですか?」
予想通りの反応だ。
彼らにとって、私は「いい歳して人形で遊んでいる変わった親戚」。
この場は「大袈裟に騒ぐ私を、大人の対応で宥(なだ)めてやる場」でしかない。
「ほらー、やっぱりそうじゃん。玲奈が大袈裟なのよ」
真紀子が勝ち誇ったように私の顔を見る。
夫の健二だけは、気まずそうに身体を小さくし、現実逃避するようにスマホをいじっていた。
「お忙しい中、お集まりいただき感謝します」
私は彼らの侮蔑的な視線を正面から受け止め、丁寧に頭を下げた。
そして、手元に置いていた布をゆっくりと取り払う。
そこには、無残に砕けた『ジュモー』の残骸が収められていた。
「うっ……」
健二が小さな悲鳴を上げ、義母が眉をひそめる。
「気持ち悪いわねぇ……。本当に壊れてるじゃない」
「ええ。壊れています。それも、翔太くんが『バール』を使って、施錠されたドアを破壊して侵入した結果、です」
私が淡々と事実を告げると、義父の眉がピクリと動いた。
「バールだと? ……真紀子さん、話が違うぞ。ちょっと転んでぶつかっただけだと聞いていたが」
「あ、あはは……。まあ、男の子だし? ちょっとワンパクなだけですよぉ、お義父さん」
真紀子が慌てて取り繕う。
私は畳み掛けるように、現場写真――ねじ切られた南京錠と、ひしゃげたU字ロックの写真をテーブルに並べた。
「これは『ワンパク』や『悪戯』の範疇を超えています。法的に言えば、器物損壊および住居侵入です」
「なっ……! 親戚相手に法律だと!?」
義父が顔を真っ赤にして声を荒らげた。
「孫を犯罪者扱いする気か! 大体、鍵をかけて隠すから子供が興味を持ったんだ。管理が悪かった君にも責任がある!」
「そうよそうよ! 罠みたいに置いておく方が悪いの!」
真紀子が便乗して騒ぎ立てる。
義母は呆れ顔で首を振り、ハンドバッグから財布を取り出した。
「分かりました、分かりましたよ。お金が欲しいんでしょう? まったく、浅ましい……。いくらですか?」
義母は指を折り、こちらを試すように言った。
「新品のお人形を買うのに、三万? 五万? ……まさか十万とは言いませんよね?」
義母の指には、数万円はするであろう金の指輪が光っている。
彼女たちにとっての「誠意」の上限はその程度なのだ。
私は静かに笑った。
ああ、この瞬間を待っていた。
無知な彼らが、自らの首を絞める発言をするのを。
「弁償していただけるんですね? 翔太くんの保護者として、全額を」
「くどい! 払うと言っているだろう! さっさと金額を言いなさい!」
義父がテーブルを叩く。
私は一冊の分厚いクリアファイルを、彼らの目の前に滑らせた。
表紙には『損害査定書』の文字。
「では、お支払いをお願いします」
私の声は、冷え切っていた。
「ただし、金額を見てから『払わない』というのはナシですよ。……心臓の弱い方は、深呼吸をしてからご覧になることをお勧めします」
私のただならぬ気配に、スマホをいじっていた健二がふと顔を上げた。
部屋の空気が、急速に凍りついていく。
「……何をもったいぶっているんだ」
義父が鼻を鳴らし、乱暴な手つきでファイルを開いた。
一ページ目。鑑定士の署名と印鑑。
そして二ページ目。
損害総額が記されたページへ。
「…………は?」
義父の動きが止まった。
怒りでも、呆れでもない。
理解不能なものを目にした時、人間が見せる、完全な静止。
静かな裁きの席に、最初の亀裂が入った。
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