短編 ロンリーパラキート

バーニー

短編 ロンリーパラキート

 クーラーの効いたリビングで、バラエティーを見ていると、インターフォンが鳴った。

「知らない女の人がいる」

 今年小学生の娘が、モニターを見ながらそう言う。確かに、二十代くらいの若い女が、扉の前にいるようだった。私は「なんだろうね」と言いながら、娘の横を過ぎ、玄関の扉を開けた。そこに立っていたのは、言った通りの若い女性だった。この炎天下の中を歩き回ったのか、頬には玉の汗が浮かび、心配だと思えるくらい、肩が上下していた。

「インコを、見ていませんか」

 突然すみませんだとか、こんにちは、だとか、もっと言葉があっただろうに、女性は開口一番そう絞り出した。

「青色のインコです。メスのセキセイインコ」

 察しがついた。そのインコの飼い主はこの女性で、最近籠から脱走したのだろうと。だから私は「すみません」と首を横に振った。

「見ていませんね。この辺りなのですか」

「いえ、そういうわけでは」

 女性は我に返ったような表情を見せた後、視線を落とした。そして、唾を飲み込み、私にA四のポスターを差し出した。その「インコ」ってやつの情報が記されたものだった。

「もしよかったら、これ、おうちの外壁に」

 正直、そこまでの義理は無い。だが、たかがインコのポスターで私の家の評判が落ちることもない。断る理由が見つからなかった私は、頷いてそいつを受け取った。

 改めて、ポスターを眺める。そこには、夏空のようなインコの姿があった。

「綺麗なインコだ」

 そう洩らす。すると彼女は、雲間から指す光のように表情を明るくし、深く頷いた。

「そうでしょう」

「インコは好きだよ。東北に実家があったのだけど、飼っていたんだ」

 女性が帰った後、私はポスターを外壁に貼った。だが、雨に濡れるといけないと思い、翌日、出社した際に、会社のラミネーターを使ってポスターを加工した。

 帰り道のことである。橋の欄干、スーパーの自動扉、ブティックのウィンドウに、公民館の掲示板、電柱に、公園の柵。ありとあらゆる場所でこのポスターを見た。愛されているなあと、素通りしたのだが、妻に頼まれて五キロ程離れたホームセンターに行った時、そのガラス戸にも貼り出されていたのには驚いた。至る所に、女性の後姿が見えるようだった。

「インコ、見つかると良いね」

 娘が言った。だが、私は鼻で笑っていた。

「そうだね」

 どうせ死んでいる。

「インコの寿命って、何年かな」

「八年くらいかな」

 あくまで、適切に管理された中での話だ。ストレスが掛かれば、すぐ死ぬ。実際、震災に巻き込まれた時、飼っていたピーちゃんと一緒に避難したのだが、「うるさい」という理由で、追い出された。仕方なく、籠は避難所から離れた場所に置いたのだが、一週間としないうちに糞詰まりで死んだ。寂しかったのだろう。怖かったのだろう。

「仲間の鳥さんが助けてくれると良いな」

「そうだね」

 烏蔓延る危険な世界に飛び込んでおいて生き延びたとしたら、まあ奇跡ってやつだ。

 私の予想通り、それっきりである。女性から続報が来ることはなく、時が過ぎていった。歩いている時、あれだけ目についたポスターも、日常に馴染んだ。あるものは色褪せ、あるものは風に飛ばされ、落書きされ。当然、うちのも。剥がそうかと悩んだが、道端のゴミを放置するが如く、私は何もしなかった。

 一年が経った。

「お父さん! 見つかったよ!」

 玄関の方から、娘の興奮した声が聞こえた。それから、ドタドタと廊下を走り、書斎の扉が開く。まさかと思った。飛び込んできた娘の手の中には、青色のインコがあり、藻掻いているようだった。これには私も「へえ」と驚き、パソコンを閉じた。

「よく見せなさい」

 私は娘に歩み寄った。だが、娘は半歩下がり、インコを抱くような素振りを見せた。

「逃げちゃうから」

「大丈夫だよ」

 そう言って、手を差し出す。娘は辺りを見渡した後、そっと手を離した。瞬間、インコは切られていない翼をパタパタとはためかせる。娘は「ああ!」と叫んだが、問題ない。インコは風に吹かれた綿毛のように浮かび上がり、私の手の上に降り立った。

「怖かっただろうね。もう大丈夫だよ」

 指をインコに近づける。インコは逃げなかった。翼をちょこんと収納し、身体を傾けると、落雁のような頭を私の指に擦りつけて来た。その奥にあった骨の感触に、私は震えあがるような興奮を覚えていた。

「飼われていたものだ。水をあげよう。餌も」

 インコは、与えた水を飲み、与えた餌をがふがふと貪った。そうして、私の頭の上から離れなくなってしまった。

「あのインコだよ。女の人だったよね。届けてあげよう。会いたがっているはずだよ」

 娘が飛び跳ねながらそう言う。だが私は、「いいや」と、インコを撫でながら首を横に振った。生きているはずがない。こいつはきっと別の家から逃げ出したインコだ。

「警察に届けよう。こいつは遺失物だ」

 娘は首を激しく横に振った。

「ダメだよ。飼い主に返さなきゃ」

「その飼い主のものじゃない」

「わかんないよ。インコって、長生きなんでしょう。だったらきっと」

 娘は私の手を引いた。

「もしかしたらもしかするって。だからね」

 その煌めく目に、私は、苦い唾を飲み込んで頷いていた。

 本気で我が子を見つけたかったのだろうな。日に焼けたポスターには、その女性の住所が記してあった。電話でアポを取ろうと思ったのだが、なんだか、空箱を開ける前に振るような行為のように思えてやめた。

 右手にはインコの籠。左手は娘の手を握り、閑静な住宅地。ボロボロのアパート。インターフォンを鳴らす。女性は出て来なかった。もう一度鳴らす。ダメだ。もう一回押して出ないなら帰ろう。そう思った、その時だった。扉がガチャリと開いて、一年前に見たあの若い女性が顔を出した。

 もう私のことなんて忘れているのだろうな。その想いが、私を焦らせた。

「インコ、見つけたんです」

 言った後で後悔する。まずは挨拶だろう。馬鹿だ。当然女性は眉間に皺を寄せ、警戒の色を滲ませた。だから私は、軌道修正しようと息を吸い込む。それよりも先に、彼女は思い出したように声をあげた。

「ああ、インコ、ですか」

 私は安堵して、頷くと、持っていた籠を掲げた。瞬間、女性は赤子を抱くかのように両腕を伸ばし、私から籠を受け取った。だが、転寝から覚めるかのように、はっとする。そして、籠をよく見ないまま下げてしまった。

 女性が首を横に振る。

「もう死んでいるでしょう」

 まあ、そうだよなあ。

「老鳥です。一年ともたなかったはずです」

 籠を私に返す。その籠を、娘が奪い取った。

「もっとよく見てよ」

 そう言って、右手の籠を掲げようとする。すると女性は手を伸ばし、娘の頭を撫でた。

「ごめんね、お嬢さん。私のインコはね」

 何か言おうと息を継いだ、その時だった。

「コンニチハ、コンニチハ」

 声が聴こえた。一瞬、来客だと思ったが、それが籠から発せられているのだと気づく。

 女性ははっとして、しゃがみ込んだ。青いインコを凝視する。それから、期待を裏切られたような顔をして、その場に腰を据えた。項垂れた彼女は、ため息とともに絞り出す。

「私のは、女の子だから」

「ですね」

 声をまねるインコはオスだけだ。そもそも嘴の付け根、ロウ膜で判断ができる。明らかに青色だ。どうして気づかなかったのだろう。

「じゃあ、貴方のではないということで」

 私は娘の手を引いてアパートから離れた。駐輪場の横に掲示板があったのだが、そこに、あのポスターが貼られていた。日に焼けていない。まるで最近貼り直したばかりの綺麗なポスターで、その中で、サファイヤのようなインコが、白い指にすり寄っていた。

「ピーチャンスキダヨ、ダイスキダヨ」

 籠の中で、インコがそう鳴く。

 娘が「へえ」と言った。

「この子、ピーちゃんって言うんだ」

「ああ、そうだね」

 私のインコもこの名前だった。ありきたりではある。でも「小鳥」って感じの、愛おしい名前だ。私は首だけで振り返る。女性はまだ扉を開けていて、私たちのことを見ていた。

 私は声を張って言った。

「あの、一緒に探しませんか。飼い主」

 女性は「えっ」と洩らし、目を見開いた。返事はない。こちらに半歩踏み出し、固まっているようだから、私は言葉を紡ぐ。

「会えないのは寂しいことだ」

 やはり女性の表情は変わらない。すると、私の手を離し、娘が駆け寄っていった。

「探そうよ。一緒に。ピーちゃんのために」

 娘は、女性の手を引いてそう言う。氷が溶けるかのように、彼女は娘に視線を落とした。そして、私を見る。呆れたような、笑みを見せた彼女は、ため息交じりに言った。

「では私は、ポスターを作りましょうか」

「うん」

 今度は、日に焼ける前に。

        了

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短編 ロンリーパラキート バーニー @barnyunogarakuta

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