第5話 2人でご飯

部屋を出た後、大成はコツコツと音を立てながら階段を下る。


 浅見一家が住んでいるのは4階建てのアパート。近くにスーパーがあるため色々と役立つことが多い。


 母親は看護師をしているが普段は夜勤で16時30分から翌日の9時まで働く生活をしているため会えるのは夜勤のない残りの5日となる。


 父親は基本的に家の家事を担当している。大成と杏も出来るだけ手伝いをしている。

 あの人のご飯は美味いが一緒に食べると上司の愚痴しか言ってこないため、大成と杏はすっかり聞き上手になってしまった。


 自分の自転車を見つけた大成は、鍵のかかった自転車に鍵を刺した。


 今は、11時10分。何も起きることなく向かえれば遅刻することはないだろう

 ——後は


 11時26分


 大成が少し余裕をもって店に着くと、そこには既に待ち合わせをしていた結月が居た。

 結月は大成が自転車を止めていると、こちらに気づき、小走りで近づいてくる


「大成先輩おはようございます」


「もうこんにちはの時間だけどな」


 結月は一瞬「むぅ」と頬を膨らませて、面白そうに笑った。


「はいはい、もう受け付けは済ませてますからお店入りますよ」


 大成と白井さんは店に入り、待機用の椅子に横並びになって座った。 

 隣に座る結月は髪の毛を気にしているのか手鏡で確認しながらくしを通していた。

 

 数分後


「二名でお待ちの浅見様ー」


 若い女性店員の聞き取りやすい声でアナウンスが入る


 一瞬、自分の苗字だなと言おうとした大成だったが、その言葉は心に留めておいた。


「はーい」


 結月は立ち上がり、白い手をオレに差し伸べてくる。


「先輩、行きますよ」


 オレはその手を受け取り、その状態のまま席へ向かった。

 

「ご注文が決まりましたらそちらの注文ボタンでお呼び出し下さいませ」

 若い女性店員は手拭きとお冷を二つ置き、席を去った。


 大成はあの店員を知っていた。だが今はそんな場合じゃないと大成は首を90度回転させた。


 正面に座る彼女は先ほどまでの感覚を思い返すかのように手をさすっていた。

 学校では見ない、いつもとは違う結月を大成はしっかりと眼光に焼き付けていく。ショートの髪を小さく結ぶ姿。メニューのデザートのところを凝視する結月。

 結月は大成を不思議な気持ちにさせる。

 

「デザートも食べれば良いと思うが、先に何を食べるか決めないか白井さん」


 結月は我に返ってデザートのページから目をそらす


「しまった、そうでしたね。えーっと私はこのハンバーグセットっていうのにしてみます」


「それとーオニオンスープを一つ!」


「わかった」


 大成は結月の注文が決まったのを見て、注文ボタンを押した。

 結月は大成が押した注文ボタンをじっと見つめている。


「もしかしてボタン押したかったか?」


「ちがいますー」


 数十秒もすると、ハンディターミナルを持った店員が二人が座る席に止まった。


「お待たせしました。ご注文をお伺いします」


「ハンバーグセットを一つ、それとオニオンスープ。よくばりセットにホットコーヒーをお願いします」

 店員は注文されたオーダーを二人の前で繰り返す。店員の名札には見慣れた苗字が書かれている。

 注文を受け取った店員は、忙しそうにまた違う席に向かっていった


 結月は袋から手拭きを取りだし、自分の手を拭いた。


「この待ち時間、とっておきの有効活用方法を私知ってます!」


「何をするんだ?」


「その名も、おしぼり折り紙!」


 結月は堂々とおしぼりを大成に見せつけてくる。


「なんじゃそら」


「そのままですよ。ほんとに」


 結月は慣れた手つきで手拭きを折っていく


「はい。ハート」


 数十秒後、作られたへにょへにょのハートが大成に渡される。


「これは、、どうなんだ?」


「険しい顔しないでくださーい。ほら、私からのハートですよー」


 ハートの形をしたおしぼりを持たされる大成。

 結月はポケットからスマホを取りだし、こちらに向けてシャッター音を鳴らしている。

 

「先輩良いですね、モデルとか目指しちゃいます?」


「オレは楽にフリーな生活がしたいんだよ」


「それニートじゃないですか」


 結月は大成の話をケラケラと面白そうに笑っていた。


「給料をもらう自宅警備員ってところか?」


「なんじゃそら」


「今オレの真似したか?」


「バレました?」


 結月は「てへっ」とした顔をして見せる。大成にはどうすることもできなかった。


 軽く雑談をしていると、ハンバーグセットとハンバーグとステーキが半分ずつ盛り付けられいるよくばりセットが卓上たくじょうに置かれた。

 最後にホットコーヒーとオニオンスープ、伝票が置かれ、店員は厨房に戻っていった。


「いただきまーす」「いただきます」


 結月はナイフを器用に扱い、口にハンバーグを進めていく。


「おいひぃ~」


「確かに美味しいな」


 結月は本当に美味しそうにご飯を食べる。大成にとってそれは、また来たいと思わせるのに充分なのであった。


「ふぅ〜、ふぅ〜」


「オニオンスープってものすごく熱いんですけどとっても美味しいんですよね」


 結月はオニオンスープの美味しさを共感を求めるかのように熱弁している。


「オレ食べたことないからそうなのかとしか言えないぞ」


「オニオンスープ飲んだことない人は人生のスープ部門で言うところの七割は損してますよ?」


「わかったわかった。次来たとき注文するから、それ以上その意味不明な知識を植え付けないでくれ」


 オニオンスープ。前に咲茉えまみなととここに来た時に咲茉が頼んでいた料理。

 

「若い女子には人気なのか?」


「そりゃ知りませんよ。他の子に聞いてください」


 大成は想像した。妹の杏を。昔杏がコーンスープで舌をやけどしたことがあったことを思い出した。

 以来杏は熱い飲み物が苦手になった。大成はそうだったと呆れた。


 結月は何か言いたげな顔でまたオニオンスープを一口。


「あの、先輩」


「どうかしたか?」


「良かったらなんですけど、今、味見しちゃいますか?オニオンスープ」


「ん??ちょ、待って、」

 結月は大成の返事を無視してスプーンでオニオンスープをすくい、自らの息を吐いて冷まし始めた。

 オニオンスープの乗ったスプーンは少しずつ、それでも着実に大成に近づいていった。


「ほら、あーんですよ。先輩」


 そう言いながら結月は少し机から身を乗り出した。

 垂れた前髪を左手で耳にかけ、右手でまだ湯気の立っていたスープをこちらに差し出してきていた。


「そうゆうことは恋人になってから、、」


 それでもスプーンは止まることなく真っすぐ進んで行く


 覚悟を決めた大成は目をつむり、口を開けた。

 結月の吐息が大成に当たるほどに、二人の距離は近くなっていた。

 オニオンスープという名の初体験が大成の口に到達する。


 

 オニオンスープ。これが大成の人生初の間接キスの味になった。


「ど、どうですか?」


 結月の頬はあきらかに赤く、恋の色に染まっていた。


「あ、あぁ。うん。凄く、美味しい、と思う」


「そっか。良かった、、です。」


 結月は安心しきった様子で、小さく切ったハンバーグを一口食べた。


 大成は鼓動が早くなっていることに気づき、気持ちを落ち着かせるために、もう少し冷めてしまった残りのコーヒーを口に流し込んだ。


「えっ先輩もしかしてオニオンスープ苦手でした?」


「美味しかったが?」


「でも今コーヒー一気に飲んでたから苦手なのかなって」


「あぁーこれはオレのいわゆるルーティーンなんだ。コーヒーを一気に飲むと頭が冷静になるんだよな」


 結月はほんとですかぁ?とでも言わんばかりの目をしている。


「でも本当にオニオンスープは美味しかったから。マジで」


「じゃぁもう一口あげます?」


「それは、まぁ、遠慮しとく」


 コーヒーの中身が尽きている。それに次こそはライフが持たないと大成は判断した。


 食べ終わった二人は伝票を持って席を離れた。


「白井さん。これを持って先に自転車置き場で待っていてくれないか?」


 大成はポケットの中から自転車の鍵を結月に差し出した。


「で、でも私まだお会計してないですよ」


「いいんだ。オレはバイトの給料をこれぐらいにしか使わないからな」


 正直な話、大成もそこまでお金は持っていない。だが結月にあーんをしてもらった大成はこれぐらいで済んだのなら安い方だと考えた。


「浅見君」


 会計を済ませ、店を出ようとする大成に後ろから聞き慣れのある声が大成を呼び止めた。


「なんですかあかねさん」


 風谷かざたに あかね湊の二つ上のお姉さん。だが兄とは違ってこっちの姉の方は推し活にどっぷりつかっていて年中バイト三昧ざんまいだ。


「一緒に来てるかわいー子は彼女??」


 茜は大成の腕に肘を軽く当てておちょくっている。


「部活の後輩ですよ。あと茜さん注文の時こっち見てニヤニヤしてこないでください。心配されたんですから」


「でもあーんしてもらってたよね?」


「、、なんで見てんすか」


「たまたまだよたまたま」


 明らかに偶然じゃない。茜はきっと最初からずっと見ていたんだろう。


「マジで違いますから、もう白井さん待ってるんで行きますね」


 茜はニヤリと笑う。


「白井ちゃんって言うんだ~覚えとこ」


 大成は何も言わずその場から離れた。とは言っても夕方からのバイトで一緒になるためその時はもう逃げられないと思って覚悟を決めておく大成であった。


「おまたせ白井さん」


12時30分。自転車でここから向かう場合、かなりベストと言っていいだろう。でも一つ気になるのが


「何でオレの自転車のサドルに乗っているのかな、白井さん。」


「だって私今日車で来ましたもん。」


 当然ですが?の顔な白井さん。


「えーっとそれはつまり?」




「いやっほーい!!」


 大成はさっきまできちんとブレーキを踏んで坂を下っていた。結月が途中で速度あげて下さいと言うと、好きな人のお願いはなんでも聞く大成はブレーキをかけるのをやめた。そのため、二人が乗る自転車はスリル満点のジェットコースターのようになってしまった。


「風が涼しいですねー先輩!」


「落ちたらただじゃすまないからな、マジでおとなしくしててくれ」


 結月は大成の腰あたりをぐっと抑えた。大成は変な声が出そうになるのをこらえた。


「二人乗りって違法だったよな?」


 風にかき消されない程の声で大成は結月に話しかける。


「警察に見つからなかったら違法じゃないんでしたっけ」


「まぁそんなもんだよな」


 普通に禁止だから二人乗りはやめた方がいい。

 だが二人で叱られるのは将来良い思い出になるのかもしれないと大成は思った。



「とうちゃーく」


「12時55分、ほぼ丁度だな。」


 前のバスケットに詰まっていたサブバッグを取り出す。


「白井さん、サブバッグ」


「ありがとうございます」


 大成は体育館を前にして大きな深呼吸をした。


「よし」

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