36話 夜の哨戒

 一九四三年 十一月四日 舞阪基地。


 冬は好きだ。何故なら煙草が美味いから。凍てつく空気と紫煙を肺に送る事のなんと贅沢なことか。


 口から吐いた煙をぼんやり見ながら、東京で行われた勲章授与式の事を思い出す。


 あれから数ヶ月経ち、北海道奪還作戦の日が近づいている。


 北海道奪還作戦で活躍し、害物対策省から見初められれば、タケイワタツノミコトの異能が貰える。


 単純に強くなれるのは嬉しいし、加えてオギウエや害物化をしてしまった人の助けになるかも知れないと思えば、自然にやる気が湧いてくる。


 あれ以来、クニには会っていない。今もラジオで語られているように、害物を征伐しながら全国を飛び回っているのだろう。


「おいツジ、自分から誘っといて何を呑気に煙草を吸っているんだよ」

「ん?」


 俺を呼ぶ声に振り返ると、眼前にはビー玉が迫っていた。


 コーン、と額にビー玉がめり込む。

 寒いと余計に痛みは鋭い。


「いっっ……てぇなあおい!オミカワ!」


 じんじんと痛む額を擦りながら痛みに耐える俺をよそに、呆れた様子で睨むオミカワと、やれやれといった表情のサクラダがいた。


 北海道奪還作戦には、舞阪前線基地から俺とオミカワ、トノサキが参加となった。


 そのための異能の稽古として、ここのところの早朝に集まっているのだ。サクラダは参加資格は無いものの、自身の守るだけの異能に付加価値を付けられないか試してみたい、と参加を申し出てくれた。


 他の連中にも勿論声はかけたが誰一人として参加表明は無かった。ミカミを筆頭に恐らくまだ寝ているだろう。


「おお、悪い!じゃあ今日も始めようか」


 俺は煙草を足で消すと、中庭へ向かった。



 前線基地での害物征伐といえば海上に打って出ての戦闘がほとんどだったが、北海道奪還作戦は内陸に巣食う害物の征伐だ。

 そのため、“対地上”で用いるよう異能を訓練しろ、とのお達しがあった。


 タケイワタツノミコト戦で初めて経験したが、俺の“大戦斧だいせんぷ”は地上戦の方が向いている。もともと空中移動はむりやり海上を叩いて飛ぶという滅茶苦茶をしていたから、地べたにふんばって戦うほうが俺の性に合っている。


 だから、新たな大戦斧の使い方を戦闘に取り入れようと訓練しているのだが、実際にやってみるとなかなかどうして難しい。


「ツジさん、用意できましたよ」


 サクラダが手を上げて合図をくれた。


 サクラダの異能の“空間護壁くうかんごへき”は、異能で作った薄皮を空に広げて害物の攻撃を防ぐものだが、俺達の練習の為、およそ小型害物の形に成形したものを出してくれている。


 サクラダはサクラダで、形の成形や硬さの調節など、今までやってこなかった異能の使い方に四苦八苦している様子だ。


 こういった助け合いも含めて、異能を学徒全体の練度上昇の効果も見込まれているのだろう。


「ありがとよ。じゃあまずあの技を使ってみよう」


 俺は両手に小振りの“斧”を想像して異能を発動した。


小戦斧しょうせんぷ!」


 俺は自身で考えた新たな技の名前を叫びつつ、両手の斧を投擲した。


 弧を描きながら飛ぶ斧は、サクラダの作った仮想害物に深く突き刺さる。


 訓練を始めた時、まず自分の弱点を思い返した。そして遠距離の攻撃が無かった事に思い至り編み出した技である。


 初めの頃は手から離れた瞬間に消え去ってしまった異能の斧であったが、訓練を重ね、ようやく形になってきた。


 異能の発現には使用者の心持ち・・・も大いに関係しているとのことで、技の名前を叫ぶという行為は俺にとって一等効果があった。


 そしてなにより気持ちがいい。


「おお、見たか!上手くいった!」

「ツジ……それ、何度聞いても小っ恥ずかしい。戦場でもそうやって叫ぶつもり?良くそんな子供じみた真似が出来るね」


 後ろから溜息を漏らしながらオミカワが言う。


「何だと?お前のところの班長だって、叫んじゃいないが上空から反重力脚で急降下して敵を貫くのを“流星脚りゅうせいきゃく”と名付けているぞ?」

「……え、本当に?」

「ああ。前に飲んだときに言っていた」


 ふと、クニとの他愛ない話を口にしてみると、懐かしさより寂しさが滲む。


「……まあいいや。次は私の番」


 クニエダの事となると甘くなるオミカワは、腰に着けた巾着からビー玉を数個取り出すと、自分の周りに浮かばせた。


 オミカワの“碧落射出へきらくしゃしゅつ”は、ビー玉をぶっ放す力で、本来は後ろからぶち抜くのが得意な異能だ。


 今回の北海道奪還作戦では吹雪で視界が悪いことも想定し、近距離戦闘に注力して訓練しているらしい。


 訓練を始めた頃は、異能を発現しただけで四方八方に飛び散ったビー玉が舞阪前線基地のガラスを割り、俺やサクラダを襲ったが、今では意思を持つ統率の取れた生き物のようにオミカワの周りを飛んでいる。


 聞くところによると、九州本土決戦で、接近してきた害物を思うように征伐出来ず、オミカワなりに思うところがあったようだ。


「サクラダ、いい?」

「いつでも!」


 サクラダの返事を聞くと、オミカワは号令をかけるが如く右手を前に出した。


 周りを浮遊していたビー玉は列をなし、仮想害物へとめり込んだ。


「おお!仕上がりは上々だな」


 感嘆の声を上げると、オミカワは照れくさそうに口角だけ上げ、軍帽を被り直す。


「まだ複雑な動きをさせることは出来ないから、もう少しかな」


 訓練は順調である。もう少し気温が下がれば、害物も完全に活動を停止するだろう。そうなれば本番は近い。


「……絶対にタケイワタツノミコトの異能を手に入れるぞ」


 俺の決意を込めた言葉に、トノサキとオミカワは強く頷いた。


 はたから見たら、新しい異能が欲しいように見えるだけかもしれない。


 だが、俺達の心根には、オギウエや害物化してしまった奴、そしてタハラ中佐の顔が浮かんでいる。



 その日の夜。

 この時期の舞阪の夜風は骨身に染みる。特にこのような夜中であれば殊更ことさらだ。

 俺はとんびコートの前を両手で十字に抑え、今にも鳴りだしそうな奥歯をぎゅっと噛み締めながら基地周りの哨戒を進める。


 時々、地元の悪タレが基地の塀に落書きをしたりするのでその防止と、基地の防御施設に問題が無いか見て回るのだ。

 舞阪常駐の陸軍兵士との持ち回りだが、冬の夜中に当ってしまうと、身を裂くような寒さに晒されて嫌になってくる。


 特に、今日は害物が出現するまで待機という任であったため、北海道奪還作戦に向けての猛特訓をしていたのだ。身体の節々が悲鳴をあげているのも相まって、非常に辛い。


「うう、寒い……ちゃっちゃと終わらせて宿舎に帰らにゃ北海道に行く前に凍え死ぬ」


 冬風に背中を押され、つい速歩きになりながら哨戒任務をしていると、基地の正門の前に暗闇に人影が見えた。

 この夜中にもかかわらず灯りを持たず、恐らく煙草の火であろう小さな光のみがせっかちに点滅している。


 門の内側に立っている様にみえるので軍の人間だろう。俺と同じ哨戒任務中の軍人かとも一瞬考えたが、俺と同時に出発したやつは海側を哨戒中のはずである。


 何も後ろめたい事など無いのだが、俺は何となしに壁に身を隠してその人影を観察した。


 暗闇に目を凝らすと、煙草の火が燃焼する光源に照らされ、よく知る顔が暗闇から切り取られる。


「あれは……」


 カナモト少佐だった。


 舞阪基地の司令ともあろうお偉さんが共も付けずにこんなところで何をやっているのか。

 少し気になって様子を伺うことにした。


 寒さに震えながら暫く待っていると、遠くから車のエンジン音が近付いてきた。その車はライトも付けずに舞阪基地の正門前に停まると、カナモト少佐が門を少しだけ開けた。

 その隙間をするりと縫うように人影が舞阪基地に入ると、車はすぐさま出発していった。カナモト少佐が迎え入れたその人影の背格好を見るに、女性のように見える。


 その人影に目を凝らせば、軍部の制服を纏っていた。作戦会議かとも思ったが、こんな夜中にやるものか。


「ははぁ」


 まだ疑念だ。確定ではない。しかし俺は、一人で膝を打った。


「もしやカナモト少佐の“お楽しみ”か?」


 こんな夜中に人の目を盗んで招き入れたのだ、そうであってもおかしくない。


 そうと分かれば哨戒任務の続きを、と腰を上げかける。


「……待てよ?」


 異能の学徒として基地に配属されてから、俺は全く持って“お楽しみ”をしていない事を思い出した。

 こんなに勤勉に任務をこなしているのに、だ。


 それにカナモト少佐の招き入れた人物が悪人でないとも限らない。万が一の事を思えば、上官の身を守らねばならない。


 ──これこそが本当の意味での“哨戒任務”なのではないか!


「なに、少しばかり覗くだけよ」


 頭の中で納得した俺は、歩き出した二人を少しばかり見送った後、その後について行った。


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2026年1月22日 23:00
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異能の学徒 こゆるぎあたる @nkatsuataru

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