35話 東京本部にて
日ノ国 害物対策省東京本部 会合室 九月二十一日。
──九州本土決戦に参加した学徒に勲章授与を行う。参集されたし。
電報が一枚、前触れなく舞阪基地に届いた。末尾はイナリ特務官の名。
以前なら喜びに踊っていただろう。だが今は、タハラ中佐の言った
前線配置されてからこんなふうに呼び出される事は初めてだ。数えるほどしか袖を通していない、儀礼用の軍服を探すのに手間取り、オミカワに「いつもの生活が表れてる」なんて小言を言われてしまった。
留守を任せた舞阪の学徒の事は信頼している。しかしサクラダはともかくとして、元気に「任せて下さい!」と胸を叩いた新人、ミカミのことは少々心配だ。どうにも突っ込みすぎる節がある。だが、俺も初めの頃はあんな風だったような気もする。
◆
会合室の椅子に腰掛ける。
上等な布張りに中綿がたっぷり入っていて腰が定まらない。
見渡せば広く、綺麗で、整いすぎていた。床に泥の跡ひとつなく、椅子の脚まで揃っている。ここまでだと、もはや舞阪の汚い建物が恋しくなる。
「落ち着かんな。この椅子の座り心地はなんだ?上品過ぎて尻の穴がむずむずするぞ」
「ちょっとツジ!大きい声でやめろよ恥ずかしい!」
そんな事を言ったら隣のオミカワに肘で小突かれた。トノサキは呆れた様子で視線をよこす。
ここには、あの九州決戦を生き残った学徒が集められていた。半数ほどは前線で見た顔だ。残りは海岸線組だろう。
みなが小声で囁きあっている会話の断片に耳を澄ませば、再会を喜んでいることが分かる。
こういう雰囲気は好きだ。あの死線をくぐり抜けたという経験が、得難い一体感を与えているのだと思う。
あたりを見渡していると、前方に座っていた学徒もちょうど振り向き、ばちりと目が合った。
そいつは浅黒く彫りの深い顔ににやりと白い歯を浮かばせ手を挙げてきたので、俺も笑顔で返す。
横須賀のカキクラ。
地獄のような死闘をくぐり抜けた戦友。やつの“激蹄”での戦いぶりたるや、今思い出しても清々しいほどに強かった。
授与式はヒトヒトマルマルに始まる。時刻まで、あと数分。電報の差出人のイナリ特務官は来るとして、クニは来るのだろうか。
俺はあいつと顔を合わせた時、どんな表情になるのだろう。タハラ中佐の言葉と、舞阪でのクニの思い出、そして九州本土決戦の時の姿が頭を巡る。
会合室に並べられた椅子は、おおよそ埋まりかけていた。
◆
「全員起立!敬礼をもって迎えよ!」
後ろの扉が開いた音がして、振り返る間もなく怒号に近い命令が飛ぶ。
俺を含めた学徒は跳ねるように椅子から立ち上がり、敬礼をした。
軍靴が床を鳴らす数人分の足音が聴こえる。
前の壇上に立ったのは、イナリ特務官、側付きであろう害物対策省の上官、そしてクニだった。
久しぶりに見たクニの顔はいつもと変わらないようでいて、いつもより距離を感じる何ともいえない表情を浮かべている。
壇上に立ったイナリ特務官が片手を上げる。
俺達は敬礼を解き、着席した。
「召集への参加ご苦労。本日ここに集められた貴殿らは、先の戦いの功労者である。国の誇りだ。ここにそれを表彰し、特別章を与える」
部屋中にささやかなざわめきが走る。
勲章授与は大変な名誉であると同時に、滅多に得られないから当然だ。
「先ずは撃破章である。タケイワタツノミコトの襲来と同時に外海から飛来した害物の征伐数の記録に基づき選定した。横須賀基地、弩級腕の異能、タナカ。征伐数二十六体」
すごい数だ。舞阪前線基地への害物の襲来は他基地に比べて多いが、それでも、十数体というのがせいぜいだ。それが二十六とは。
その後も順に名前が呼ばれ、俺のよく知る名も響く。
「舞阪前線基地、碧落射出の異能、オミカワ。征伐数五十四体」
……息が止まった。どれほどの激戦だったのか。あいつが「二度と参加したくない」としか言わなかった理由が、いま遅れて腹に落ちた。
俺はやるじゃないか、と肘でオミカワを小突くが、少し誇らしそうに鼻を鳴らして返された。
「次に、特別害物征伐章。特にタケイワタツノミコト征伐に尽力した者である」
壇上のイナリ特務官が、笑みを浮かべながら名前を読み上げる。
そこには俺の名もあり、カキクラ、ゴトウダ、そしてトノサキの名前も挙がった。最終局面、タケイワタツノミコトに相対していた者たちの名前だった。
……念動力のハマベの名前が無いことに胸が痛んだ。あいつは熱波をまともに受け、叫ぶ間もなく焼け落ちた。
「以上が特別勲章だ。名を呼ばれなかった者は、九州本土決戦防衛章を与える」
目録を読み終えたイナリ特務官は、ふと真剣な表情をして前方を見渡した。
「皆、この九州本土決戦では本当に良くやってくれた。残念ながら、この征伐において十七名の異能の学徒が散った。しかし、この犠牲を無駄にせず、次に繋げられる今日に我々は感謝している」
数字だけで言われると、なんと冷たいことか。
イナリ特務官のその言い方は、軍部の戦果報告と同じ抑揚だった。
「では、話を進める」
イナリ特務官が右手を上げると、電影映写機が後方に文字と写真を映し出した。光の反射が学徒の顔を青白く照らす。
そこには九州を襲ったタケイワタツノミコトの巨体が写っていた。焼け焦げる肉の臭いが鼻の奥に蘇る。
「写せ」
映写機が切り替わり、タケイワタツノミコトが熱波を放つ瞬間が映る。
あの熱波の威力は身をもって知っている学徒からは、漏れ出るようなうめき声が上がった。
「害物対策省は、このタケイワタツノミコトの死骸から異能を抽出することに成功した。強力な異能であることは、身をもって体感した諸君らに説明するまでもないだろう」
部屋中にどよめきが広がる。
俺とオミカワ、トノサキは顔を見合わせた。
タハラ中佐の言っていた、タケイワタツノミコトの肉片。これがあれば、オギウエや他の害物化した人達を救えるかも知れないのだ。
「ここに集まった諸君は既に異能をその身に宿している。しかし、噂で耳にした者もあろうが、異能は異なるものを重複して発現させることが可能だ」
学徒のざわめきが一段と大きくなった。
聞いたこともある眉唾の噂話が、イナリ特務官から語られたのが衝撃的だった。
「クニエダ、前へ」
「はっ」
突然のクニの名前に心臓が跳ねたが、当の本人は涼しげな顔で壇上の中央、イナリ特務官の隣に立った。全員の視線が鋭くクニに注がれている。
「この舞阪前線基地のクニエダも、反重力脚の他に異能を宿している。タケイワタツノミコトに止めを刺したのもこのクニエダの新たな異能である」
おお、と学徒から感嘆の声が上がる。
その時だった。クニの眉毛がハの字になり、口がへの字になった。カナモト少佐ら上官からの命令に不満がある時によくしていた、あのへんてこな顔だ。
一瞬だけ、胸の奥がじんと熱くなる。
……やっぱり、変わっちゃいない。
あいつは“ただのクニ”だ。
それを見たイナリ特務官が耳元で何事か囁く。
次の瞬間、クニは軍帽を被り直し、左手で右腕をきつく握った。すると、さっきまでの顔が引っ込んで、表情だけが整った。
「端的に言おう。今回集まってもらった諸君らは、タケイワタツノミコトの異能に適合しうると判断された者たちだ」
それを伝えるために俺たちはここに呼ばれたという訳か。
しかし、渡りに船だ。これほど早く、オギウエを救える機会が巡ってくるとは。
トノサキとオミカワも嬉しそうに俺の顔を見るので、強く頷いてみせた。
「しかし、タケイワタツノミコトの異能を宿せるのは一名のみ。軍としても、最も強き者に適合を望む」
イナリ特務官は一拍置き、ゆっくりと言葉を継ぐ。
「十一月、気温が下がれば害物は休眠期に入る。しかし、冬季でも害物がうごめく忌まわしい土地がある。北海道だ」
ざわめきが一段、重くなった。
害物第一次侵攻で、地図からもほとんど色が抜けた場所。幾度となくラジオ越しに耳にした、害物に侵攻された地名。
「ここに集まってもらった異能の学徒諸君には、北海道奪還作戦に参加してもらう。そこでの働きを適合試験とさせてもらう。詳細は後日、各前線基地へ通達しよう。各員、身体を鈍らせぬよう努めよ。私からは以上だ」
そう告げると、イナリ特務官は本心の読めぬ柔らかな笑みを浮かべ、軍部の人間を伴って退出した。
◆
上官が去るやいなや、会場は一気にざわめきに包まれた。顔見知りとの再会に会話が弾んでいる。
そんな中、俺は大声で呼んだ。
「クニ!」
ふと振り向く懐かしい顔。俺は人混みを掻き分け真っ直ぐ歩み寄り、首根に腕を回した。
「暫く姿を消したかと思えば、タケイワタツノミコト征伐の一番おいしい所で現れやがって!あの異能は何だ?……いや、そんな事より無事に会えて何よりだ!」
いつもの調子でクニの頭をくしゃくしゃにしてやった。
色んな不安があったが、いざ相対してしまえば出てきたのは心からの再会の喜びだった。
やはり、なにがどう転んでもクニが親友であることに変わり無いのだ。
クニもはにかむような笑顔で俺の手を振りほどき、軍帽を丁寧に被り直して俺の目をじっと見つめる。
「ツジも元気そうで安心した。タケイワタツノミコトの征伐では酷く負傷していたはずだ、気がかりだったぞ」
「お前が臨時本部の野戦病院に運んでくれたおかげさ。回復の異能で治療してもらってこの通りよ。まだ皮はちょっとつっぱるがな」
俺は力こぶを作って笑った。
「それは何よりだ。オミカワも変わりないか?」
クニがそう声を発すると、俺の後ろに陣取っていたらしいオミカワの顔がひょっこり現れた。
「……何処かに行くなら、一言ぐらい声をかけろ」
「申し訳ない。急な辞令でな」
「まあ、生きているならそれだけで、う、うれ……ううっ……──ぐっ」
このままだと大声で泣き出しかねないオミカワをみかねて、俺はオミカワの背中を叩いた。溜めていた涙が目から飛び出してクニの頬にかかる。
「クニよ、オミカワの寂しがりっぷりったら、それはもう強烈だったんだからな」
「……ツジ!うるさい!」
オミカワはいつもの調子を取り戻したように俺の尻を蹴り飛ばす。
クニは楽しそうに優しい笑みを浮かべると、俺の隣のトノサキに声をかけた。
「トノサキ、特別害物征伐章とはやるな。流石はクニエダ班の“錨”だ。どれだけ前に出ても、お前がいてくれると迷わない。誇らしいよ」
そう言ってトノサキの肩を叩く。
「クニエダ……」
トノサキは目に涙を溜めて俯いている。
久しぶりに見る舞阪のやり取りに、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ところで、オギウエはどうしている?彼女も九州本土決戦に参加していたはずだ」
一瞬、誰も言葉を選べなかった。
二人の表情もわずかに曇る。タハラ中佐の「クニエダには言うな」という言葉が頭に
「それは──」
俺が何と言おうか考えながら口を開きかけたその時、部屋の扉が再び開き、軍部の上官が顔を覗かせた。
「クニエダ、イナリ特務官がお呼びだ。執務室へ来るように」
「……かしこまりました」
その言葉にクニは表情を固めて、俺達に振り返る。
「ツジ、オミカワ、すまない。行かなくては」
「ああ、分かった。舞阪で待っているぞ」
「ツジには負担をかけるな。私が戻れるまで、舞阪を頼む」
扉の向こうから、再び上官の怒声が飛ぶ。
「クニエダ!急げ!イナリ特務官がお待ちだ!」
クニは俺達の返事を待たず、肩を叩いてその場を後にした。
肩に残った温もりが、どうにも冷たく感じた。
しかし、俺は進み続けるしかない。
北海道奪還作戦、絶対に成功させてみせる。
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