34話 決意、固まる
──タハラ中佐にそんな過去があったとは。
近頃、目先の力ばかりに固執して、クニに嫉妬して、
それのなんと浅はかだったことか。
害物から救うべきは国民だけではない。
害物の力を宿した仲間たちも同じなんだ。
危険をおして、その事を話してくださったタハラ中佐にも応えたい。
暫くの沈黙の中、俺の心はより強く固まり、喉の奥で嫉妬の苦味がほどけていくのを感じた。
腹は決まった。俺は、俺の目指すべき道が見えた。決意を胸に、タハラ中佐の手を握った。
「俺は舞阪基地の班長です、部下を守る義務がある。タハラ中佐のお気持ち、胸に染みました。娘さんのことも、オギウエのことも、他の害物化した連中のことも。ぜひ手伝わせて下さい」
「ツジ……」
タハラ中佐は、滅多に崩れない表情を、ほんの少しだけ歪めた。
「タハラ中佐のような研究者がいると思えば、異能を宿したこの身にも、害物との戦いが終わった後の未来が見えます。是非協力させてください」
トノサキはタハラ中佐に向かって深々と頭を下げた。
「私も。力になります」
オミカワも続けた。
タハラ中佐は暫く黙っていたが、吸い終わった煙草を灰皿に押し付けた後、口を開いた。小さく、しかしはっきりとした声だ。
「お前たちの優しさに付け込んだ願いだったにもかかわらず、ありがとう。感謝する。しかし、この事はこの場にいるお前たち以外に口外はしないで欲しい」
俺とトノサキは「勿論です」と即答した。オミカワも力強く頷く。
それを見たタハラ中佐は、小さく呟く。
「……クニエダにも、だぞ。むしろ一番危ないのは奴かもしれない」
その言葉に、オミカワからえっ、と声が漏れた。
俺も動揺した。
俺の頼りになる戦友であり、気の置けない親友の名が、なぜ
「タハラ中佐、ご存知だと思いますが、クニエダは正義漢です。必ず力を貸してくれます。それは我々、舞阪の異能の学徒が保証します」
語気を荒げて放った俺の言葉に、タハラ中佐は頷く。
「ああ、クニエダは良い奴だ。それは俺もよく分かっている」
「であれば──」
俺の言葉を遮り、タハラ中佐は深く息を吐いた。
「だからこそ、だ。あいつは正しい方へ、躊躇なく身を投げるだろう。クニエダは今、特務班にも属していることは承知しているな?」
「はい。ラジオから聞かぬ日はありません」
「そこが問題なのだ。害物化研究の推進派の中核は──イナリ特務官だ」
「っ……なんですって?」
トノサキ、オミカワの息を呑む音が重なる。
害物討伐の英雄が、害物化研究の旗振りとは。
「あの人の下にクニエダはいる。あの害物第一次侵攻を、たった数名で退けた英雄の下に、な」
タハラ中佐は眉間に皺を作りながら、じっとりと汗をかいた額を撫でる。
「加えて言えば、クニエダはすでに害物化の実験を受けた可能性が高い。語られる角度が違えば、害物化研究も素晴らしいことに見える……過去の俺がそうであったように」
その言葉に、トノサキは唇を噛み締めた。
「……どうした、トノサキ」
タハラ中佐が鋭い視線を向ける。トノサキは眼鏡の奥の視線を不安そうに散らした。
「……言うべきか迷っていました。九州本土決戦の最終局面、クニエダが駆けつけて事なきを得ました。しかし私の龍眼が、クニエダから“害物”の気配を察知したのです」
「なに……本当か、トノサキ!」
俺はつい驚きの声を上げてしまった。
「何かの間違いかと思ってたのですが……まさか……」
タハラ中佐は冷静な顔付きで、溜息をひとつ漏らす。
「……やはりか。味方にいればあれほど心強い奴はいない。しかし敵に回れば厄介だ」
タハラ中佐は苦い顔をした後、俺たちに向き直った。
「お前たちに頼みたいのは、“タケイワタツノミコト”のような強力な害物の体液の入手だ。手に入るなら肉でもかまわん。それがあれば、オギウエの強力な害物化を反転させられるだろう」
タハラ中佐は膝の上で握り拳を作る。
「九州本土決戦で活躍したお前たちは、これから任務でそういった特殊な異能に近付く機会も増えるはずだ──頼む、なんとか手に入れてくれ」
そう言って、タハラ中佐は頭を下げた。
◆
「……で、実際どうなのです? オギウエには病気の気配など少しも見えませんでしたが」
潮のざわめきに紛れて、ぬるい海風が頬を撫でる。
サクラダが、やや興奮気味に問い掛けてきた。
サクラダは賢いが鼻にかけず、どこか呑気だ。タハラ中佐の申し出を受けて以来、柄にもなく悩みが多い日々を過ごしていた俺には、この実直さが心地よい。
仲間に真実を言えないのは心苦しいが、情報はどこから漏れるか分からない。ひとまず事実を伏せ、矛盾のないように話す。
「……オギウエは先の九州本土決戦で酷くやられてな。それで一度、前線を離れることになった」
「なるほど……しかし、異能の学徒が長期間前線を離れたら懲罰の対象になると聞いたことがあります。大丈夫でしょうか……」
サクラダは声を抑え、心配そうに言う。
「タハラ中佐も事情はご存知だ。もし噂が本当でも力になってくれる。ましてやあいつは舞阪基地の貴重な戦力だ。懲罰になどするのは勿体ない」
「タハラ中佐が!それであれば安心だ」
サクラダは納得したようで、また砂浜に視線を落として小型の害物が漂着していないか探し始めた。
タハラ中佐に聞かされた軍部のいざこざ。そんな事はいままで気にしたことはなかったが、柄にもなく考え込んでしまう。
「……ここまで聞いてしまったのだ。流れには逆らえんか」
「え? 何か言いました?」
「いや、何も。さっさと砂浜の探索任務を終わらせて基地に戻ろう」
潮騒がかすかに耳を打つ。空を見上げると、曇天が広がっていた。
オギウエは無事に姿を隠しているだろうか。一抹の不安が心の奥をちくりと刺す。
曇天の奥で雷が鳴る。
ふと空を見上げると、ちか、と雷光が遠くに落ちた。
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