27話 トノサキ 前線へ
一九四三年、七月三日。
作戦が開始されてから五日目。ついに台風上陸の予定日である。
“海月”が水を運び、熱波が内地を焼いてから二日。征伐班は解体され、海岸線へ散った。
前線に残されたのは、選抜の五名。舞阪のツジ、横須賀のカキクラ、伊豆のクマダ、香南のハマベ、宮崎のゴトウダ。
いずれも戦果報告で耳にたこが出来るほど名を聞いた猛者達である。彼らが足止めをしている。
しかし、タケイワタツノミコトの生命力は凄まじく、ついぞ征伐することは叶っていない。
現在の天候は小雨。タケイワタツノミコトはその小雨を身体に吸収し、時折熱波を放っている。
おそらく、一定の量の水を身体に貯めれば熱波を放てるのだろう。“海月”の自爆によりもたらされる水量があれば即座に熱波を出すものの、小雨程度ではいつ熱波を放つか予測がつかず、逆に不気味な緊張を強いた。
ツジからも聞かされたが、この再編任務に就く前に、僕が本部から受けた説明。
──七月三日、ヒトフタマルマルまで前線を維持せよ。
それだけが命令だった。他の細かい事は何一つ教えられなかった。
ハヤシは昨日の爆破の負傷が大きく治療中。
他の偵察兵も異能の酷使により暴走し、偵察不能。
つまり、まともに動ける偵察兵は僕のみである。
現在、その前線からやや離れたところで観測を行っている僕の元へ、何度目か分からない本部からの通信が入った。
──こちら本部、状況を報告せよ。
ざらついた電子音に混ざる声に耳が痛いが、そんな事を言っている場合ではない。
「こちら前線観測地点。小雨を受けて小規模な熱波をほとばしらせながら、タケイワタツノミコトは依然として前進しています」
──前線の異能の学徒の戦闘状況を述べよ。
「この小雨を受け熱波を放つタケイワタツノミコトに対して攻めあぐねています。丁度、前線のゴトウダが熱波をまともに喰らい戦線を離脱しました。皆、異能を酷使し過ぎていて動きが鈍い。このままでは戦線の維持は困難です」
──ゴトウダは後で回収する。治癒処置が済み次第、すぐに復帰させる。
無線機の先の声は冷たく言い放つ。前線が持たないという僕の報告に返答は無い。
冷静にその場の状況を本部に伝えるのが僕の任務だ。
だが、倒れていく仲間を“報告”に変えるだけの役目には、もう耐えられなかった。
僕から本部に、そして念波の異能持ち、最後に前線に伝わる観測情報。
時間にして数秒から長くても数十秒。決して長くはない。しかし、前線を張っている学徒にとって、その一秒が生死を分ける。
僕の無線機を握る手が、無意識に強まる。
「一つ提案が。今までの“龍眼”での偵察で分かったのですが、タケイワタツノミコトは皮膚の水分を体内に取り込んでから、表皮にいくつかある放射口から熱波を出しています。この小雨の量であれば、一つの放射口から一定の水量が溜まった時にしか熱波を放てないようです」
無線機からの返答は無い。僕は畳みかけるように言葉を通信機で飛ばした。
「私の龍眼であれば、どこから熱波を放つかが分かります。私が現地で直接指示を出せば、攻撃の回避率を大きく上げられるはずです。声の届く範囲で指揮を取らせてください」
喉が震え、冷や汗が背中を濡らす。
心臓が早鐘を打つ。そんなのは無理筋だと冷静な思考が巡る。しかし、それが最善だ。絶対に。
──貴様は観測員だ。前線に出る権限はない。伝達は本部経由だ。
「それだと少なからず対応に時間差が生まれて満足に回避ができません!“伝わる”と“間に合う”は違うのです。ヒトフタマルマルまで前線が持てば良いのでしょう?私が前線に出向いた方が効率良く指示が出せます。無理を承知でのお願いです」
──お前の異能は戦闘に向いていない。命令違反は懲罰だぞ。ヒトフタマルマルには台風が直撃する。そこで観測を続けろ。
懲罰という言葉に一瞬ひるんだが、舞阪前線でカナモト少佐という上官とやり合った経験が心根に生きていたようで、上層に逆らうのは慣れている。
最早一刻を争う。もうこの場に座って無線機に話しかけるだけなどできない。
「承知の上です。前線での指揮など、舞阪基地で死ぬほど行ってきました。しかし私は死んでいません。私が行けば、現在身体を張って侵攻を防いでいる彼らの生存率が上がります。認めてもらえないのならば、違反を承知で前線に向かうまでです!」
──勝手など許されるか!命令違反は重罰……
僕は返事をせず、電源を落とした。
ぷつ、と雑音ごと通信は切れる。
最後に言われた重罰という言葉は、今は飲み込む。
「行くぞ……!」
僕は両頬を叩き、すぐさま最前線へ走った。
生き残った先に罰があるなら、受ければいい。彼らと生き残れるのなら喜んで受けよう。
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