26話 野戦病院
次に僕が目を覚ましたのは、前線基地の野戦病院であった。
あの後、僕らは吹き飛ばされ、病院に運ばれていた。身体の傷は、治癒の異能を持つ異能の学徒によりほとんど治されていた。
意識が戻った者は戦力と見なされた。僕はすぐに野戦病院を出されて異能の学徒の寝所で待機するよう命じられた。
僕は重い足取りで寝所へ向かいながら、周りを見渡す。焼け焦げた異能の学徒が担架に乗せられ先程まで僕が居た野戦病院に担ぎ込まれている。痛々しい包帯から滲む薬品と焦げの臭いが鼻腔に刺さる。
寝所に着くと、そこには休息を取っている異能の学徒達が十数人転がっていた。そのほとんどが火傷に皮膚を爛れさせ、痛々しく包帯を巻かれている。
その隅に、包帯にまみれたツジの姿があった。僕の姿を見つけると、ツジはいつものように片手を上げて僕を呼んだ。
「トノサキ、無事目覚めたか」
「ツジこそ。その傷は……」
ツジの身体も例外なく包帯にまみれ、顔には痛ましい火傷の傷があった。
ツジは、あの時に何が起こったのか説明してくれた。
曰く、タケイワタツノミコトの熱波により、戦場となっていた周辺は完全に焼け野原となったという。
前線で戦っていた異能の学徒は、本部から飛んできた“念波”により状況を察知し、可能な限りの防御を取ったそうだ。
「念波を受け取った瞬間だ。脳の奥に防御の命令がねじ込まれてな。そうしたら新型害物の“海月”がタケイワタツノミコトの上空でぱしゃり、それで猛烈な熱波よ。俺は大戦斧の異能を身体に纏わせて、なんとか耐えられたが」
ツジはこともなげに答える。僕は、ツジが異能を用いた戦闘に関して天才的であることを思い出す。
「しかし、こういった防御が出来なかった自己発現型の異能持ちは……」
ツジは眉を潜め、拳を握った。その言葉の続きをツジは飲み込んだが、僕には“かなりの人数が散った”という現実が伝わった。それを感じ取ったので、今はこの話題を深めぬよう会話の舵を切る。
「そうか……それで“海月”とは、死に際に水を撒き散らす、あの新型の害物の観測名か?」
「そうだ。太平洋上の島から様々な種類の害物に混じって、かなりの数が飛んできているらしい。今は海岸線防衛部隊にかなりの人員を割いて迎撃している。オミカワやオギウエも今頃必死だろうよ」
ツジはごほ、と胸を押さえながら続けた。
「タケイワタツノミコトとの戦闘を任されていた特別班は解散した。それで新たに選抜された学徒が侵攻の阻止に努めている。俺にも声がかかった」
ツジは昂ぶった表情で言うが、その身体は一目見ただけでも軽い傷ではなかった。
「なんだと。その傷でか?」
「傷?ああ、この程度は“治癒”の異能持ちがすぐに治せるさ。今は順番待ちだがな。治り次第また前線だ。それと、作戦の変更があったぞ。ヒトフタマルマルまで熊本本部への侵攻を遅らせるよう戦闘をしろとお達しがあった」
包帯を巻き直し、時々苦痛に顔を歪ませながらツジは言った。
「侵攻を遅らせる?撃破では無く?台風が来て雨が降ればどうなる。“海月”一匹の水であの大炎上だぞ? 本体を殺らねば根本の解決はしないじゃないか……」
文句を言いかけたが、目の前のツジの姿を見てはっとした。
「いや、そんな事より、こんな傷だらけの異能の学徒を治癒の異能で治してすぐに前線に送り返すというのか?!ありえんだろう!治癒の異能を使っても身体疲労は取れないんだぞ?!異能の暴走があってもおかしくない!」
僕が本部の対応に怒気を発すると、ツジは神妙な顔で言う。
「異能の暴走はすでに何人も出ているが、もうそんな事は言っちゃおれん状況なんだろうよ。足止めの件は、本部が“それでいい”と言ったのだ。台風が来る直前まで、九州中心部に到達させなければ良いと。あとはこちらで対処するとな」
「それは……一体どういうことだ」
タケイワタツノミコトを征伐せよ。これが今回の作戦だったはずだ。それが今さら“侵攻を遅らせれば良い”とはどういう了見だ。
軍部の近代兵器を持ち出し、学徒も決死の覚悟で戦ってきたというのに今さらの作戦変更だというのか。
道理が通らない。僕の胸に不信感が広がる。
「知らん。それしか聞かされていない。まあ想像するに、俺たちに隠している虎の子でもあるのだろう。まあそんな事より、だ」
ツジはそう言いかけ、焼け爛れて震える手で慎重に胸ポケットから煙草を取り出すと、空の天幕を見上げて深く息を吐いた。焦げた包帯が胸の上下に合わせて動いている。
「今回の戦闘で生き残ったら、今前線に出てタケイワタツノミコトの相手をしている者に“征伐章”が与えられると本部から通達があったぞ」
本部の真意を探ろうと必死に頭を回転させていると、ツジが突然そんな事を言い出したのでぎょっとした。
本部は一体、この状況でそんな事を言い出して何になるというのだ。戦意向上のためか?馬鹿馬鹿しい。
ツジもツジだ。そんな事を言っている場合ではないだろう。しかし、そこから先の言葉が出なかった。
何故なら、ツジの目は血走り、いつもの飄々とした頼りになる班長の顔はそこには無かったからだ。ツジは嬉しそうに煙草をふかしながら、うっとりと微笑んでいる。
「名誉ではないか、ええ?生きて帰れば、遂に俺も勲章持ちだ。生きた証よ」
ツジは真っすぐに僕を見つめた。血走りながらもやけに澄んだその瞳に、僕は思わず身震いした。
「……無茶はするなよ」
いつに無い様子に、それしか言葉が出なかった。
ツジが今まで決して覗かせたことの無かった心根を覗いてしまったようで、怖かったのだ。
その恐怖を振り払うように、僕はその場を離れた。とにかく今は仲間の為に、自分の仕事をこなさねば。
数刻後、傷の治った僕は再びタケイワタツノミコトの観測任務に就くこととなるだろう。呼び出しがかかるまで、ほんの少しでも身体を休めなければならない。
──間もなく、この九州の地に台風が上陸する。
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