23話 学徒出陣

翌日、夜明け前。


 タケイワタツノミコトが肉眼でようやく見られる程の位置にある丘に、異能の学徒が集められていた。


 湿った風が肌を舐め、草葉の露が靴底にまとわりつく。遠く海の方角から、かすかに潮と焦げの匂いが漂ってきた。台風の走りか、それとも害物の息か。


 新たに簡素な偵察やぐらも建てられ、僕が行うのは昼間と同じ“偵察”である。しかし、もう日ノ国軍の近代兵器は引き上げている。


 ──ここから、異能の学徒による戦闘が開始される。


 作戦は聞かされた。十名ほどの班を三組用意し、三十分ずつ交代しながらタケイワタツノミコトを叩くという。暴走を防ぐためだ。


 一通りの説明が終わると、人混みをかき分けるようにツジが走り寄ってきた。


「トノサキ、遂に征伐だ。海岸線のオミカワとオギウエもそつなく任務をこなすと良いが」


 ツジは僕の肩を叩いた。僕の首筋に触れた手は夏だというのに冷たく、しかし力強かった。


 僕の観測担当の班は、特別混合第一班。ここにツジも割当てられている。オミカワとオギウエは、海岸線での小型害物の阻止上陸の任務に当たっているので別動隊だ。


「相手が小型害物だからね、タケイワタツノミコトを直接相手にするよりは危険が少ないだろう。この有事だから何が起こるか分からないけれど」

「それは違いない」


 ツジは溜息をつくと、胸ポケットから煙草を取り出して火をつけた。火が小さく爆ぜ、白い煙が湿った夜気に溶ける。


 あたりを見渡すと、集められた“混合第一班”の異能の学徒は各々自由に過ごしている。準備運動をしたり、近くの人と話したりしながら作戦開始を待っていた。息を潜める者、無言で自身の使う獲物を拭う者。しかしその表情は一様に固い。皆、内心の恐怖を押し殺しているのだろう。


「トノサキ、今回の作戦は三十分交戦を三班で回すのだったよな?」

「そうだ。三十分叩いて、次の班に渡す。あとは移動しながら息を整える」

「そうすると、俺は熊本までに何回あれ・・と戦えるんだ?」


 ツジは煙草をふかしながら聞いてきた。


「現在のタケイワタツノミコトの速度なら熊本まで七回程度だ」

「ふうん」


 自らが聞いたのにも関わらず、ツジは気の無い返事を返す。

 

「勝てると思うか?」

「は?」


 ツジは煙を吐きながら、表情の抜け落ちたまま言った。

 唐突な言葉に、僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。


「丸三日、爆撃やら砲弾やらで攻撃しても死なず、真っ直ぐ進み続けるあの害物に」


 まさかツジからそんな言葉が出てくるとは夢にも思っていなかった。


 ──どう返答するのが正解なのか。

 一瞬の思案の後、動揺を見透かされないように、やや語気を強めて言った。


「そうでなければ呼ばれないさ」

「……くくく、違いない」



 僕の言葉に、ツジはふと笑みを浮かべ、再度煙草を深く吸い込んだ。


「我ながら馬鹿みたいな質問をしたな。いつもはこういう話はクニに聞いてもらうんだが……すまん、忘れてくれ。この班にはあの“激蹄”のカキクラも居ることだし、一度目の接敵で征伐してしまうかも知れんな」


 ツジはそう言うと片手を上げながら、他の異能の学徒と会話しているカキクラの元へと歩いて行った。


 あのツジでさえ、弱音を吐くことがあるのか。


 普段見せる彼の堂々たる姿からすれば、正直驚きを隠せなかった。しかし、そのクニエダの代わりに僕に心情を吐露するとは。少しでもクニエダの代わりができているのではと、この状況ながら少しだけ胸が熱くなった。


 そんな事を考えていると、やぐらに取り付けられた拡声器からざらついた無線が鳴る。


──定刻。作戦開始せよ。


 拡声器のざらついた声が丘の上に響いた瞬間、空気が一変した。


 僕とハヤシは、やぐらを駆け上がる。

 熱気に濡れた木の梯子が手のひらに張りつく。息を整える間もなく、丘の下では学徒たちが散開し、整然とした陣を描いて駆け出していく。


「ハヤシ、始めよう」

「……ああ」


 僕はハヤシに言いながら龍眼を開いた。

 視界が一瞬、霞のように揺らぐ。

 肉眼では見えぬはずの“もの”が、線となって浮かび上がる。丘を下った先に、強大な害物の気配が感知された。


 やはりその密度は通常の害物とは全く異なる。熱の塊が幾重にも重なり合い、まるで大地そのものが呼吸しているかのようだ。霞の向こう、山の稜線を這うように、四つ脚の巨体がうねっているのが分かる。


「接敵までおよそ六百メートル」

「了解。……千里眼を展開、子細確認する」


 隣のハヤシが、両の瞳を細める。

 その目は淡く光を帯び、視線が遠くの一点を射抜いた。


「今から地獄に飛び込む連中が、全員名前の分かる顔だと思うとさ。昨日までの偵察とは緊張感が違うな」


 その通りだ。だが、上手く返答できず頷きのみ返した。


 丘の下の学徒が走る。タケイワタツノミコトとの距離がみるみる削れる。近付くにつれ、喉の奥が乾き、張り付く。


「……残り五十メートル」


 ハヤシが呟くように言う。タケイワタツノミコトまで、残り五十メートル。


 異能の学徒たちは、一斉に各々の異能を発現し、攻撃体勢を取った。

 真夏の重たい空気の中、遠くで土煙が立ち上る。


 懐中時計を手に取り、三時三十分を指していることを確認する。そしてすかさず通信機を開き、周波数を本部へと合わせる。


「トノサキ、ハヤシ両名記録開始。戦闘開始時刻マルゴサンマル」


 ──了解。特別混合第一班、出撃確認。続けて戦闘状況を報告されたし


 通信機はざらついた音と共に沈黙した。


 ついに、タケイワタツノミコトとの直接戦闘が始まった。


 風向きが変わり、潮の匂いが濃くなる。

 僕らは見送ることしか許されない。それでも龍眼は、熱の塊が動くのを捉え続けた。


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