22話 蝉の声

 一九四三年、七月一日、快晴。


 九州の地に到着して三日目。舞阪基地と比べると暑さが若干強いが、流石に慣れてきた。異能の学徒の多くは、前日までタケイワタツノミコトの侵攻方向の川を埋め立てる作業に明け暮れ、泥にまみれた身体をようやく休めたばかりであった。 


 現在、戦況は膠着こうちゃくしている。


 タハラ中佐から説明があったように、本部の意向で、戦車・軍艦・航空機を用いた三位一体の波状攻撃がタケイワタツノミコトに続けられている。


 今、九州へ駆り出された異能の学徒は後方支援、負傷者の手当て、侵攻方向の川の埋め立て、海岸線の防衛にあたっている。


 これほど大規模に兵器と異能の学徒が用いられるのは先の本土決戦以来であろう。小中型の害物ごとに兵器を動かしていては、資源が持たない。そう言われれば理はあるが、常に協力体勢を取ってほしいのが学徒の本音だ。

 しかし、異能ばかりに戦果を立てさせまいとする意向が上にある。そんな噂は、どこからも聞こえてくる。


 僕は着任早々、各地から集まった偵察の異能者と共に連絡基地に詰めている。


 名は仰々しいが、前線に程近い山の上に建てられた簡素なやぐらに過ぎない。板は昼の熱を吸い、夜でも熱気が皮膚を刺す。


 ここで“タケイワタツノミコト”と陸海軍の戦況を本部に逐一ちくいち送る、というのが偵察の異能持ちに与えられた任務だ。その面々は舞阪時代から無線で声だけは知っている。だから打ち解けるのは早かった。


 今日で三日目。軍部の近代兵器は引き上げる手筈だ。タケイワタツノミコトが征伐できなければ、ついに我々──二の矢である異能の学徒が出陣する。


 出ずに済むなら、なお良い。



 やぐらの上には、男二人が一台の無線機の前に並ぶ。その内の一人は僕だ。


 空を行く航空機の編隊が、肉眼では豆粒ほどにしか見えないタケイワタツノミコトへ向かう。

 航空機から投下された爆弾が着弾し、やがて閃光、遅れて爆音が届く。


 遠くに上がる土煙に向けて龍眼の異能を向ける。


「えー、こちらハヤシ。“千里眼”の異能にて航空爆撃着弾を確認。タケイワタツノミコトの外皮に損傷軽微。依然、目標に動きなし」

「続けてトノサキ。龍眼の異能で確認する所、致命傷には至っていないと見られます」


──了解。引き続き航空爆撃を行う。経過を報告されたし、以上。


 無線のざらついた声が途切れ、隣のハヤシが溜息をつく。


「ふう、陸海の航空機やら軍艦の砲撃やらで三日間みっちり叩いてもこれか。最早、異能持ちが打って出た方が早いのではないか?」


 横須賀のハヤシは、上官の目がないのを良いことに、水を張った桶をわざわざ地上から引き上げ、足を突っ込んだまま呆れ顔で言う。水音が小さく揺れて、やぐらの熱気が少しだけ薄まった気がした。


「軍にとっては陸海の戦力が先に攻撃した、という実績が必要なんだろう。このまま倒せれば軍の大手柄。倒せなければ“異能でも太刀打ちできない”と言える。そういう算段に見えるね」


 この共同戦線は面子を賭けた戦でもある。

 近代兵器の投入数から見ても明らかだ。


「ああ、そういう事か。納得したよ。それで倒せるなら俺らが言うことはないか……にしても、この暑い季節に、よりによって熱波を吹き出す害物とは。暑さに恨みでもあるのかと思うぜ」

「はは、違いない」


 クニエダがいない不安は、こうした軽口でいくぶん和らぐ。ハヤシもまた同じ恐怖を抱えているのだろうが、今は知らぬふりをする。


 この三日、僕とハヤシは戦車・航空機・軍艦の攻撃を確認し、その都度無線で報告してきた。ハヤシの異能は“千里眼せんりがん”。目を凝らすだけで遠方を見通す。僕の“龍眼”は害物そのものの反応を掴む。


 表層をハヤシが視て、内奥を僕が読む──それがここでの役割分担だ。


「それにしても!」


 ハヤシは思い出したように顔を破顔はがんさせこちらを向いた。


「ツジ班長は痛快なお人だな。あの夜を思い出すだけで愉快になる」


 ハヤシが目を細める。二日前の宿舎での決起の夜──ツジが顔なじみの上官であるタハラ中佐に酒を“ゆすり”、実際に手に入れてしまった夜の事だろう。以後に起こった乱痴気らんちき騒ぎは言わずもがなだ。


「うちのカキクラ班長ともすっかり打ち解けていたし、初対面の気がしない。底抜けの人誑しだ、あの人は」

「ああ、いつもあの調子だよ」

「ただ、あの手の場が苦手な連中には悪かったな。隅でぶつぶつ言っているのも聞こえた」


 確かに一部の反感はあった。任務の前だから静かに寝たい奴も居ただろう。


「舞阪ではツジが騒げば、もう一人の班長が尻拭いをしていた。今回は、その不在を忘れて少し張り切り過ぎたんだ」

「その“もう一人”とはクニエダ班長だろう?九州に招集されていないのか?」


 クニエダという名前がハヤシの口から出てきて、不在を思い出してどきりとする。しかし、単なる暑さ紛らしの話題としての問いだ。だから僕も気楽に返した。


「別働任務に就く、とのお達しでそれきりさ……それにしてもハヤシ、他前線の班長まで記憶しているのか?」


 ハヤシに問うと、いやいやと手を振った。


「有名人だからさ。舞阪といえばツジ班長が目立つが、“珍しくもない丙の反重力脚”でその次に征伐を重ねているだろう?うちにも反重力脚の異能持ちはいるが、主任務は偵察だ。だからこそ、普遍的な異能を持つ学徒にとっては、身近な英雄さ」


 確かに、全国集計の月ごとの征伐数にはいつもクニエダの名が並ぶ。身近に感じていた二人が他基地でも知られていると知ると、なぜだか自分の事のように誇らしい。照れ隠しに話題を横須賀へ転ずる。


「横須賀のカキクラ班長の名もよく聞く。大型相手の征伐が多いそうじゃないか」

「ああ、あの異能は大型に向くからな。本人も今回の出征を喜んでいた」


 横須賀は襲来の数は少ないが、代わりに大型の襲撃に定期的に見舞われるという、日ノ国前線でも随一の過酷な前線であると聞く。その防衛を一手に担うのがカキクラだ。昨日少し聞いた口ぶりからしても、ツジと似た気質を感じたのは確かだ。


「名前が知られているのは嬉しいものだ……しかしな」


 ハヤシは小さく吐息をもらす。


「ツジ班長やカキクラ班長のように強い異能持ちならともかく、俺のような非戦闘型は、普段の仕事から外れるだけで神経が磨り減る。今の願いは、ただ“無事に帰る”ことだ」

「戦闘系でない者は皆、同じ気持ちだ──自分だけではないと分かって、少し楽になった」


 非戦闘系にこの任務はこたえる。寄せ集めの混成で任に当たるのも、いくら知り合いと言っても気を揉む。

 ここは前線に近い観測地点だというのに防御系の異能は一人も居ない。やぐらの下にいるのは、タケイワタツノミコトと戦うにはあまりに心許ない小銃を携えた陸軍兵が数名のみだ。


 害物がその気になれば、この丘は焼け野原となり、僕らは防ぎようもなく死ぬだろう。一瞬、現状への不安を吐き出したくなった。


 だが、恐怖は泉に投げ込んだ小石のように、言葉にした途端、幾重にも広がる。だからその気持ちをぐっと堪えた。


「しかしだよ、ハヤシ。今までだって僕らは襲い来る害物を退けてきた。今回だって大丈夫さ。各前線から選りすぐりが集まっている」


 安直な慰めの言葉を口にした。それを見透かしたかのようにハヤシは「そうだな」とだけ返し、口を閉ざす。


 遠くに見える航空機を眺めていると、木々から蝉のけたたましい声が聴こえる。いつも以上に煩く、やけに耳に刺さった。

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