21話 九州作戦会議
一九四三年、六月二九日、晴。
列車を幾度も乗り継ぎ、僕たち舞阪前線の四名──ツジ班長、オミカワ、オギウエ、そして僕トノサキは、九州の宮崎仮設前線基地に到着した。
見渡す限りテントが並び、異能の学徒だけでも三十名を超える。陸・海・空の軍人も夥しい。前線基地では滅多に見ない人の多さに、胸の奥が圧し潰されるようだ。
案内された宿舎は、ほとんど粗末な野営テントに過ぎない。
炊き出し場の煙が鼻を刺し、湿った土の匂いが足元から這い上がってくる。どこからか鉄や油の臭いが漂い、ここが前線基地であることを再確認する。
「このあと全員を集め、九州防衛作戦の説明を行う」とだけ告げられ、僕らは待機を命じられた。
舞阪前線の仲間たちは見知らぬ土地にやや浮き立っているように見える。しかしその笑顔が恐怖から生まれた空元気であることは、偵察兵の僕には容易に察せられた。
九州に来ればクニエダがひょっこり合流するかもしれない──そんな淡い期待も、到着した瞬間に霧散した。
◆
「各前線基地の異能の学徒諸君、これより九州防衛作戦の説明を行う」
夕暮れ時まで宿舎で待機した後、学徒が集められた。ここが作戦会議の場所なのだろう。
天幕が張られ、正面には黒板が立てられ、様々な情報が書き込まれている。
投光器は人工的な光で夕闇を切り裂き、地面を白々と照らす。椅子もない地面に直座りのまま、僕らは声の主を見上げた。
「今回現れた害物の観測名は“タケイワタツノミコト”。九州の神に因む名だ。詳細説明を害物対策省のタハラ中佐から行って頂く」
壇上の男は肩に掛けた小銃を揺らしながら一歩下がる。天幕をまくって壇上に現れたタハラ中佐は、気怠げに一礼した。いつも舞阪基地で見るその気怠げな様子を見て、少しだけほっとする。
「よし、始めるぞ」
そしてタハラ中佐は淡々と語り始めたが、その内容に背筋が冷たくなった。
タケイワタツノミコトは飛行せず、四足で地上を進む。外皮はヒキガエルのように分厚く、通常の銃では傷も付かない。さらに外皮から超高温の熱波を放ち、周囲を焼き払う異能を持つ。
その熱波は上陸後は二度のみ観測された。どちらも小川に身を浸した際に確認されたことから、水と反応して熱波を生む可能性が高い。
僕は無意識に膝の上で指を折り、配られた基地周辺の地図を見ながら川筋を頭の中でなぞった。
川の連結は三本。埋める順番を誤れば、熱波は風下に一気に走るだろう。偵察兵としての習性が、勝手に危険度を計算していく。
「地上での動きは鈍重だが、熊本へ向けて着実に進んでいる。熊本で土地と同化を始めれば今や死地となった北海道の二の舞だ。そこで、このタケイワタツノミコトの征伐は五日以内と定められた」
五日とは短い。何か理由があるのだろう。
一旦疑問を胸にしまい、ひとまずタハラ中佐の話の続きに耳を傾ける。
「その中で諸君の任務は二つ。第一に侵攻方向にある小川を埋め立て、奴に“水”を与えないこと。埋め立て期限は三日だ。この三日間は軍部最新鋭の武器、軍艦、航空機でタケイワタツノミコトを叩いてくれるそうだ」
銃弾でも小型害物は殺せる。
大なり小なり、軍部の協力があるのであれば有り難い限りだ。
「その三日で征伐出来ねば、残りの二日はお前達が出撃し、征伐しろ。そして同時に、班を分けてタケイワタツノミコトを追うように襲来する害物を海岸線で防衛する。これがお前達の第二の任務である」
三日を過ぎたら
まさかとは思ったが、思わず挙手をした。
「よろしいですか」
「なんだトノサキ」
「はっ。軍部の攻撃が終わり、我々異能の学徒が前線に立つ二日間、軍部の協力はあるのでしょうか?」
タハラ中佐は一瞬嫌な顔をしたが、すぐにいつもの仏頂面に戻って淡々と言い放つ。
「無し。異能の学徒は害物対策省直下の独立行動。軍部は後方支援任務に限る」
やはりか。なんとなくそんな気はしていた。
僕たちは軍服を着せられているのに、扱いは“軍の人間”じゃない。異能の学徒を生み出したのは害物対策省で、軍部は害物対策省と不仲だ。そのとばっちりを受けるのはいつも僕たちだ。
──また、学徒が弾除けか。
背後で誰かの言葉がひっそりと上がった。沈黙が肯定のように広がる。
「逆に問うが、お前達は前線基地で同じ事を毎日しているだろう?軍部と協力して害物を倒したなんてことはあったか?」
タハラ中佐は仏頂面を崩し、眉間に皺を寄せて苦い顔を見せた。そう言われたらそうなのだ。ぐうの音も出ない回答だった。
どこかで誰かが吐き捨てるように、ぽつぽつと不満が上がる。その声は次第に形を持った。
──何故わざわざ別々に叩くのだ。
──軍部はいつもこうだ。
ざわめきが膨らみ、隅に立つ軍人の視線が鋭くなる。どこからか銃の吊り紐を直す小さな金属音が聞こえた。
「いいでしょうか」
それを切り裂くように横須賀前線のカキクラが手を上げた。
横須賀のカキクラと言えば、偵察兵の無線でもよく耳にする有名人である。彼も異能の学徒作戦最初期から参加しており、ツジと並ぶ征伐数を持っているはずだ。
その横顔を見れば顔立ちは掘り深く精悍であり、いかにも頼り甲斐のある“班長”といった面持ちだ。カキクラは周りの学徒をぐるりと見渡した。
「軍部は三日間、攻撃をする。学徒は残り二日を受け持つ。前線基地とやることは同じだ。騒ぐな」
カキクラの毅然とした態度に、ざわめきはぴたりと収まり、空気が一段軽くなった。一瞬、誰かが舌打ちした。だがそれ以上は続かない。
カキクラの声には、前線の重みがあった。頼りがいのある者からの一言というのは、こうも場を収めるのかと感心してしまう。
「しかし、タハラ中佐。作戦期間が何故五日なのです。動きが鈍いなら、もっと時間をかけて攻めればいい」
「台風だ」
カキクラの問に間髪入れずにタハラ中佐が短く答えた。
「五日後、南西から九州直撃との観測が出た。豪雨が奴に水を与えれば、九州は火の海になるだろう」
学徒にどよめきが広がる。
僕は思わず手帳を開き、地図と照らし合わせながらどこで雨が降り出すのか予測線を走り書きした。情報が遅れれば防衛線は意味を失う。想定するに越したことは無い。
場には沈黙が流れた。皆、作戦の厳しさを身に沁みて感じているのだろう。それを縫うように、ツジがすっと手を上げた。
「その件は理解しました。ですので明日からの行動と編成を伺えれば。戦闘向きでない異能持ちも見受けられますので」
これ以上沈黙が続けばどこからか恐れや不満が漏れ出てもおかしくない空気だったためか、タハラ中佐はほっとしたような表情でうなずく。
「これから説明するところだ。まず、偵察が出来る異能持ちは複数地点に分かれて“タケイワタツノミコト”の観察だ。陸海の兵器、異能の学徒で攻撃を仕掛けた時の反応を逐一、本部に伝えろ。二日後の戦闘に直接繋がる大事な任務だ。心してかかるように」
タハラ中佐が一瞬こちらを見たような気がした。
「遠距離戦闘の出来る異能の学徒は海岸に防衛線を張り、交代しながら害物の上陸を防ぐ。その他は川の埋め立てに就け。なに、様々な異能持ちが集まっているのだから造作もないだろう」
「は、畏まりました。班編成の発表は?」
「明朝だ。三日後からの諸君ら異能の学徒による攻撃班は、この二日の動きを鑑みて後日発表する」 「把握しました」
ツジはそう言うと速やかに着席した。
その後も作戦に関する質問がいくつかなされたが、タハラ中佐はつつがなく回答をよこす。
「さて……もういいか」
挙手が上がらなくなって暫くし、タハラ中佐が退席の準備に取り掛かる頃、ツジが再び挙手をした。
「最後に一つ」
「なんだ、ツジ」
「我々は慣れぬ土地での征伐に、少々心労が溜まっております。それに、三日後には直接タケイワタツノミコトとの戦闘も控えている。つきましては、恐怖に固まった心を綻ばせる飲み物と紫煙を、異能の学徒の宿舎に頂きたい」
異能の学徒にささやかなざわめきが走る。タハラ中佐は片眉を上げ、隣の陸軍兵士はツジを睨んだ。
「……質問は以上か?それでは解散。宿舎に戻り明日への英気を養え。貴様ら、他の前線基地の異能の学徒と交流出来るからといって、あまり騒ぐなよ」
タハラ中佐はツジの言葉を無視して壇上から去った。隣の軍人は最後までツジを睨み付けながら、その後に続いた。
「ありゃ。駄目だったか」
◆
寝所に移動した後の場の雰囲気と言ったら最悪だった。原因はもちろんツジである。
今回のツジの言動は、最悪懲罰房行きだ。
「いや、九州は舞阪に比べると少しばかり暑いな」
ツジはそんな事は知ったことかという顔で呑気に呟き、さっさと荷物を広げて寝る支度を始めた。
周りの学徒は、誰も口に出さない。ただ、視線だけがツジに刺さっていた。
居心地の悪さを感じながら寝支度をしていると、入口と言うには頼りない布がはらりと上げられた。
そこに居たのは、先程タハラ中佐の隣に立っていた軍人だった。
全員が雷に打たれたように直立して敬礼を行う。
「ツジ、こちらに来い」
「は。なんでありましょう」
軍人は顎で移動を促し、ツジはきびきびと駆け寄った。
宿舎の空気が張り詰める。
だが次の瞬間、軍人は背中に回していた風呂敷をどさりと床に置いた。
「これはお望みのものだ。くれてやる。タハラ中佐に感謝するんだな。ただし、くれぐれも大騒ぎはするなよ」
冷たい目の軍人はそう言い残し、布を勢いよく払い除けて去っていった。
風呂敷の中には、
一瞬の静寂。その後、皆はツジに駆け寄り、感嘆と驚愕の声を上げた。
「ツジ、お前はなんて奴だ!」
「酒に煙草がこんなに!俺の前線基地では陸軍人の上官の目が恐ろしくて酒保で買うのも
皆は騒ぐなと言われた事も忘れ、歓喜の声を上げる。
「はは。なに、わざわざ前線基地の寄りすぐりをこの宮崎の地に呼び付けたんだ。それだけ我々“異能の学徒”を頼っているのということだろう?普段は気味悪がって飯も風呂も最後に喰わされているんだから、有事の際にこれくらいの願いを聞いて貰わねば。なあ、みんな!」
ツジの言葉を聞いた異能の学徒は更に沸き立った。
明日から未知の害物と戦わされるというのに、まるで休息日のように学徒達は目の前に置かれた
そんな様子を見ながら僕は隣のツジに話しかける。
「全く、お前と言うやつはとんでもないな」
「はは、これで皆の緊張もほぐれるだろう。これから作戦を共にするんだ。酒でも酌み交わして親睦を深めねば連携も満足に取れんだろう。さ、俺らもやろう。クニが戻るまで元気に過ごさねばな」
ツジは僕の背中を力強く叩くと、盛り上がる学徒の和に入っていった。
僕は呆れながらも、その背中を頼もしく感じた。
人を笑わせ、恐怖を忘れさせる力──僕には持ち得ない武器だ。
外では
テント内の笑い声は、その足音を避けるように揺れていた。
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