20話 偵察兵の噂話
「まぁまぁ、ツジさんもオミカワさんも落ち着いて。ほら、外の景色を見て下さいよ。九州に到着したら働き詰めになるんです、少しでも休んでおきましょう」
僕が返答に困っていると、オギウエが助け舟を出してくれた。
もっともな発言にツジもオミカワも毒気を抜かれたようで、大人しく座席に座りなおし、ふいと窓の外を向いた。正面のオギウエに小声で礼を言うと、笑顔を返してくれる。
オギウエは配属されて日が浅い。それでも場の空気を壊さず、必要な時にだけ言葉を差し入れてくれる。
“怒髪天”は戦闘でも頼れるが、今はそれ以上に──この四人の会話を、無理なく丸めてくれるのが助かっていた。
「ところでトノサキさん、結局現在の九州の戦況はどうなっているのですか?私は軍に配属になって間もないですが、本土内に防衛線を張るなんて聞いたことも無いです」
オギウエが僕に問いかけると、それを聞いて、窓の外を向いているツジとオミカワが視線はそのままにぴくりと反応した。
僕は声を抑えつつ、かつ窓際に座る二人には届く程度の大きさで、知っている情報を共有する。
「僕もだよ。まず、宮崎基地の八名が征伐に向かい生死不明。それを受けて、宮崎前線基地の偵察班は害物対策省本部に連絡を入れたんだ。帰って来た返答は、後の処理は本部で行うので連絡を待て、との事だったらしい」
「本部で処理か……聞いたこともない」
ツジは呟くように声を漏らす。
「それで本部より宮崎前線放棄の命が下された。そして“タケイワタツノミコト”が宮崎上陸、その攻撃により基地を中心として一里の範囲が焦土と化し、現在は移動を停止しているらしい、と言うのが僕が知る限りの戦闘録だ」
オギウエは深く頷いた。
「それで、大分、熊本を中心とした防衛線を張る事となったのが今回の招集の経緯なのですね」
「そういう事だ」
話し終えると、いつの間にかツジとオミカワも頷きながら話を聞いていた。
「トノサキ、今の話で疑問があるんだけどさ。宮崎基地の異能の学徒が敗走したことを偵察兵が本部に連絡したんだろ?そしてあとは処理するって報告が上がったのに、次に本部から来たのは退避命令。本部は何をしていたんだよ。退避指示を出しただけか?」
ツジは先ほどの喧嘩など嘘の様にあっけらかんとした様子で質問をしてくる。
「そこに関しては何も分からない。ただ、“異能特殊任務班”に処理を依頼したんじゃないかという噂はあるね」
「異能特殊任務班……?ああ、時々噂になる秘密部隊か。強力な異能を持ち合わせた集団なのだろう?」
ツジはそう言うと、腕を組んで背もたれに向かって大げさに肩を預ける。
「しかし本当にあるものなのかねぇ。もしあるんなら、そんな奴等でさえその害物の征伐に失敗してるって事じゃないか。そう思えば、そんなものは無いと思った方が精神衛生上良いだろう」
ツジの言う事はもっともだと僕も思う。
しかし、太平洋沖に害物の巣が出現し、昼夜問わず各国に害物が襲い来る状況下、それに軍部や異能対策省の思惑が入り乱れている現状において絶対の安心など無いのだ。何が起ころうと不思議では無い。
「今更何をどう討論しようと、僕達が九州に行き“タケイワタツノミコト”の征伐をするという事実に変わりは無いんだ。到着したら忙しくなるぞ。僕はここらでひと眠りさせてもらうよ」
僕はそう言い、学帽を目一杯下げて光を遮断した。
ツジは何か言っているが、もう聞く気は無い。
──閉じたまぶたの裏に、宮崎基地の焦土が想像されて落ち着かない。
偵察任務に就き、様々な情報を耳にしている自分だからこそ分かる事実もある。
今回の九州征伐任務。日ノ国二度目の本土決戦。
これは、史上稀にみる大損害を日ノ国に与える事となるのでは無いか。
日ノ国の防波堤たる前線から、選り抜きが引き剥がされた。その事実だけで、異常な事態だと分かる。
指が震える。
列車の揺れに身を預けても、胸の奥だけが静まらなかった。恐怖に自分の膝が笑うのを必死にこらえる。
──クニエダ、早く帰って来てくれ。
誰にも知られぬように膝小僧をぎゅっと握り、ただ現実から逃げるが如く、自身に睡魔が襲うのを待った。
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