九州本土決戦編
19話 列車の中で
第二章 九州本土決戦編
僕は移り変わる景色をちらと眺めた後、レールを走る列車の振動に身を任せながら、手元の日記帳に筆を走らせた。
一九四三年、六月二六日、晴れ。
九州へと向かう列車の中でこれを書く。舞阪前線基地、クニエダ班所属トノサキ。
昨日、害物が九州に上陸したという報であった。害物に防衛線を抜かれたのは三年前の本土決戦以来の出来事である。それほど強力な害物が出現したというのだ。
それにより本部から全前線基地へ、九州大分、熊本に渡る特別防衛線への招集命令が下った。
舞阪基地からはツジ班長、オミカワ、オギウエ、私の四名が選出され、列車に乗り
私の他三名は戦力的に申し分無いだろうが、私は差し詰め本部詰めの龍眼偵察員としての任だろう。今回、サクラダは留守番だ。大層悔しがっていたが。
舞阪基地としては、現状一番の戦力であるツジ班長が抜けることになるため心配であるが、上官であるカナモトの命なので従うしかない。
また、クニエダが居なくなってから六日が経つ。イナリ特務官の突然の来訪と共に姿を消し、事後報告として“特別任務につき別動とする”との一報が本部より届いてそれきりだ。
一度筆を置き、列車の窓に頬を当てると、冷たさが少しだけ頭を澄ませてくれる。前に立つのはいつもクニエダだった。今は、見える私が支えねばならない。
僕は再び筆を走らせた。
クニエダは班の精神的支柱だった。普遍的な丙の異能でありながら、強く、冷静で、班員を気遣う──その背中に、知らず知らず支えられていた。
こういった事態の時にこそ、彼の落ち着いた言動を頼りにしたくなる。そうとは言うものの、別働任務で居ないのであれば仕方が無い。
一点気になるのが、私が舞阪基地に着任してから別働任務など一度も無かったのにも関わらず、何故急にそんな任務に就くこととなったのかという所だ。
何か裏がありそうだと
記すことは、怯えを均すこと。
この戦いが終わって日記を読み返す時、皆が無事でありますように。
◆
僕が手帳に筆を走らせていると、ツジが配給で配られた蒸かし芋を頬張りながら話しかけて来た。
「おいトノサキ、せっかくの列車の旅なのに何を書いているんだよ。手紙か?暇なんだ、何か楽しい話でもしてくれよ」
件の緊急招集により、舞阪前線基地の僕とツジ、オミカワ、オギウエは、九州へ向かう列車の中に居る。
「あのな、ツジ。未確認の強力な害物が出現して九州宮崎前線基地が全壊したんだぞ?この列車にも、関係者が乗っていないとも限らないじゃないか。戦友が逝った人の前で列車旅だ、暇だ、などと言えるのか?」
実際、ツジのよく通る声は車内に響き、訝しげな視線が向けられている。
「ああ、それはそうだな。皆、すまない!そういう意図での発言では無かった!無礼を詫びる!」
ツジはすくと立ち上がり列車の走行音にも負けぬ大声で周囲に詫びを入れると、再び椅子に腰掛ける。
「とは言っても俺が暇なのは変わりがない。トノサキ、龍眼偵察兵のつながりで、今回の九州に出た害物の事、何か知ってるんじゃないか?教えてくれよ」
隣に座るツジは小声になり、ずいと肩を寄せて僕に迫る。
偵察兵には、本部を介さずやり取りできる通信機が与えられている。
表向きは前線維持のための情報共有──だが、実際は噂話や愚痴の温床だ。あそこの前線基地の
無論、その通信を本部が聞いていないはずがない。
だが、何を話しても咎められたことは一度もない。
開かれた通信は便利だが──同時に、誰が何を考えているかも晒す。そこから異能の学徒の反旗の種であったり本部の意向に反する人員を炙り出すという意味合いもあるのではないかと思っている。
ともかく、そのために各前線基地の偵察兵は前線で戦闘のみを行う異能の学徒より、各前線基地の様々な情報に触れる頻度が高い。
今回の件も、各地の異能偵察兵から無線が入っていた為、知らない訳では無い。あくまで噂という事を伝えてから、知っている情報を話してやることにした。
「今回の害物は炎を使うらしい。それが並の威力ではなくて、宮崎前線基地が一瞬で焦土と化したとの事だ。宮崎基地所属の兵士、異能の学徒は事前に撤退をしたのだけれど、半数近くはその炎に巻き込まれたという情報もある」
「ほう。強いんだな」
ツジの言葉に頷きを返し、説明を続ける。
「観測名は“
「“タケイワタツノミコト”ね。いつもの害物の名前の“雲丹”や“烏賊”とは随分違うな。害物が神の顕現とでも言うのか?趣味が悪い」
ツジは眉間に皺を寄せ、腕を組みなおし座席に勢い良くもたれ掛かった。そんなツジの脛に、向かいの席から蹴りが入る。
「いてっ!おいオミカワ、何するんだ!」
「ツジ、ぶつぶつ煩い。トノサキにも言われただろう。周りに迷惑だ」
対面に座るオミカワの軍足をまともに脛に喰らった為、ツジは大げさに痛がっている。
クニエダが特別任務とやらで姿を消した後、オミカワはずっとこの調子で不貞腐れている。これは寂しがっているのだ。しかし恐らく、本人はそれを隠そうとこんな態度になってしまうのだろう。不器用な性格である。
「オミカワ、クニが心配だからってそうカッカしないでくれよ。もうちょっと素直に寂しがればいいのに」
「なっ……!そう言う事じゃないから!私はツジの声が煩いって言ってるんだから、クニエダの事は今関係ないでしょう!頓珍漢な事を言わないでよ!」
「何ぃ、だれが頓珍漢だって?」
ツジも知ってか知らずか、オミカワの踏み入れて欲しくない所をすぐに突く。クニエダがいれば、すぐになだめて話は終わる。
しかし今は、その役が空席だ。オミカワは止まらない。
カッカしているオミカワはいつもの乱暴な言葉遣いも改まり女性らしい話し方になる癖があり、それも相まって最早微笑ましくも思ってしまう。
つい、そのやり取りに笑みを零してしまった僕に、オミカワははっとした表情を見せ、そのまま睨みを効かせる。
「おいトノサキ、何笑ってるんだ。何処が面白かったんだ、言ってみろよ」
どうやら自分の口調が戻ってしまった事に気が付いたのだろう。オミカワはいつもの若干乱暴な言葉使いに戻ると、耳と顔を真っ赤にしながら問いかけてきた。
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