18話 英雄の条件

「すでに異能を持つ者に、さらに害物の体液を打ち込む、あるいは肉を摂取させる──色々試したが効果はまちまちだった。しかし“膜”を発現した者に、害物の肉片を縫い付ける。すると、およそ三割の確率で“重複異能”が現れた」


 イナリ特務官は口角を上げ、嬉しそうに言った。

 途端に、どくんと心臓が鳴る。


「クニエダ君、首は動かせるか。自分の腕を見たまえ。ふふ、カンザキの裁縫の腕前はどうだ?」


 私は首を動かし右腕を見下ろす。

 右腕の内側が抉れ、血が滴るその部位に、赤黒い肉が埋め込まれるように縫い付けられていた。


 その禍々しい赤には覚えがあった。しかし、その光景の現実感の無さに、脳が理解を拒む。


 何だこれは、何なのだ。

 何故、害物の肉が、自分の腕に縫い付けられている?


 その瞬間、遅れて痛みが来た。皮膚の奥も、筋も、骨も、まとめて削られたようだった。呼吸をしようとするたびに、縫い付けられた肉が内側から脈打ち、痛覚が跳ね返ってくる。


 口が勝手に開いた。だが声にならない。力の抜けた身体からは、くぐもった声が漏れるだけだった。混乱する私に、イナリ特務官の落ち着いた声が降りかかる。


「落ち着けクニエダ君、説明はまだ終わっていない。舞阪基地で君の首に注射したのも、この肉と同じ害物の体液だ。昨年八月に現れた神格個体──タケミカヅチ。君とトノサキが“勝手に”見張っていた、あれだ。覚えているかい?」


 覚えている。

 

──一年前の夏。害物の襲来もなく、装備点検を終えて寝所でまどろんでいた時、監視塔で偵察をしていたはずのトノサキが、龍眼で太平洋上に今まで感知したことのない強大な害物反応を捉えたという。


 しかしトノサキが無線を入れるや否や、本部は偵察中止と報告封鎖を命じた。こんな異常な指示は初めてだった。


 それに不安を覚え、二人で独断の監視を続けた。


 やがて、遠くの暗闇に何度か閃光が走った。トノサキの龍眼は、害物がその閃光のたびに弱っていく様を感知し、しばらく後、害物の気配が消えた。


 そんな、夢の様な体験だった。


 しかし、なぜだ。なぜそれをイナリ特務官が知っている。


 そんな疑問をよそに、イナリ特務官は口角を上げ、私に縫い付けられた肉片を覗き込む。


 あらためて肉が自分の腕に縫い込まれていると悟った途端、焼け付くような痛みが続いている。血管を逆流するような熱が全身を巡る。

 耳鳴りで自分の鼓動しか聞こえず、胸が破裂しそうなのに、呼吸の感覚は遠かった。


「カンザキ、タケミカヅチの肉を縫い付けてからどれほど経つ?」

「間もなく一時間。そろそろだ」


 カンザキの答えに、イナリ特務官は満足げに頷いた。


「さて、ここからが本題だ。神格害物の肉を使い、成功すれば例外なく強大な異能が宿る。何が発現しても強力だからね」


 イナリ特務官は口角のみ上げて笑う。だが、目の奥は冷たく濁っている。

 ──その視線が、ひどく不気味だった。


「だが失敗すれば異能は暴走し、制御不能となる。害物と同じ様に人を襲うのだ。だから君を拘束させてもらっている。今のクニエダ君の状況、理解したかい?」


 人道をあざけるかのような説明に、ついに恐怖のまま四肢を暴れさせるが、革のかせが軋むだけで一歩も動けない。


「おいおいクニエダ君、いつもの冷静さを取り戻してくれ。これは名誉だ。“膜”を発現する学徒は稀少だ。だから君が選ばれた。害物の島から放たれる強敵は日に日に増し、他国の研究も進む。もはや猶予はない──日ノ国の未来のため、力を貸してくれ」


 その瞬間、心臓が跳ね、背骨が反り返るほどの脈動が全身を駆けた。


 灼熱と悪寒が同時に走る。耳鳴りの奥で、心臓と脳が同時に締め付けられた。


「ふむ、やはり一時間か。クニエダ君の細胞とタケミカヅチの肉が同化を始めたようだ。ここで意識を失えば異能の暴走だ。神格害物の異能実験において、戻った例はない。万一暴れ出したら……カンザキ」


 カンザキが無言で、私の首のすぐ横に注射器の針先を突きつけた。


「さあ──生き残れば英雄・・だ」


 イナリ特務官の淡々とした声を聞きながら、私は堪え難い激痛に唇を噛み切り、血をにじませ、意識を繋ぎ止めることだけに集中した。


 ──死ねるものか。舞阪の仲間、そして病床の妹。もう一度、皆の笑顔に会うまでは。



 その頃、クニエダが特班基地で拘束され、実験を受けている一方──


 十六時三十二分、異能情報局本部に九州宮崎前線基地から緊急電が入った。


《未確認害物を確認。海上に征伐に向かった学徒八名、生死不明。本土へ進行中。至急援軍を求む》


 伝通員の声は、最後で裏返っていた。


 十七時三分、害物対策省本部は対象を“神格個体”と判断し特班へ出動要請。


 十七時十八分、出撃した特班二名は接敵の末に敗走。一名は右腕を失い、もう一名は異能の暴走により帰投不能。


 対象はほぼ無傷のまま、進行を継続中と報告された。


 他の特班員は全員任務中で即応不可。

 害物対策省は前線を下げ、動員可能な全戦力での迎撃を決定し、各基地に緊急招集を発した。


 観測名タケイワタツノミコト

 神の名を冠した害物が、初めて特班の封殺を逃れ、前線基地の学徒たちの前に姿を現す。


 翌、六月二十二日。異能情報局主導の下、陸海空軍と異能学徒を総動員した九州防衛線の設置が決定。

 日ノ国、二度目の本土決戦が始まろうとしていた──。

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